続
- カテゴリ:日記
- 2026/06/11 20:22:02
そして蛇口を閉める。
部屋はまた静かになる。
冷蔵庫の音。
遠くを走る終電。
誰にも気づかれない程度の夜。
洗面台の縁に手をついていると、
ふと気づく。
忘れたかったわけではなく、
思い出したかったわけでもないのだと。
古い本に挟まった栞のように、
ただそこに残っていただけ。
開く予定のなかったページを、
たまたま風がめくっただけ。
だからだろうか。
胸を締めつけるほどではないのに、
胸のどこかが確かに反応する。
傷というには穏やかで、
思い出というには生々しい。
マウスウォッシュの香りが薄れていく。
夜も薄れていく。
けれど、あの頃の自分だけは、
不思議なくらい色褪せない。
何も手に入れていない顔で笑い、
何も失っていないつもりで立っている。
その無防備な背中を見ていると、
人生は案外、
手に入れたものではなく、
言えなかったひと言や、
届かなかった視線や、
渡せなかった何かで出来ているのかもしれないと思う。
鏡の灯りを消す。
暗闇の中で、
最後に残ったミントの気配が、
遠い季節から届いた
短い手紙のように、
しばらく口の中で揺れていた。

























