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六月の窓 5


しとしとと降る六月の雨の音のすきまに
宿の古い柱時計が ただひとつ時を刻んでゐる
カチ、コチ、と さびしい規則正しさで
それは失はれた時間を 呼び戻すかのやうに
窓の外には エメラルドグリーンの湖水面
あわいパステル画の色彩が 静かににじみ
雲のきれまから ひそやかに架かる七色の虹
そのはかない美しさを 水底へ深く沈めながら
ひとつの孤影が 木立のオルガンの響きにのせて
濡れた草の径(みち)を あてもなく去ってゆく
ふりかへることもない そのうしろ姿
時計の針が進むたび 虹はあわく消え去り
私はただ 窓辺で雨の歌をききながら
あの日去っていった 美しい面影を夢みてゐる

結びの散文
雨はまだ、あきらめたやうに降りつづいてゐる。窓のガラスを濡らすしづくのむかう、エメラルドグリーンの湖面に淡くひろがったパステル画の色彩は、いつの間にか夕暮れの灰色に溶け去らうとしてゐる。
さつきまで空のきれまに浮んでゐた七色の虹も、あのひそやかな孤影も、今はもうどこにも見出せない。ただ、古びた宿の暗がりに、柱時計の規則正しい足音だけが、まるで忘却を拒むかのようにカチ、コチと響きわたってゐる。
私はインクの乾きかけたノートを閉じ、そっと息をつく。すべては一篇の夢であって、あのひとが遠い木立のオルガンの音に誘はれて去っていったのも、私のこころが作り出した幻影にすぎなかったのかも知れない。それでも、雨の音にひたされたこの静寂のなかで、私はたしかに、失はれた美しい面影の、かすかな残り香にふれてゐたのだ。
窓の外は、しづかに夜の帳(とばり)が降りてゆく――。

#日記広場:小説/詩




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