6月嵐の後の虹2
- カテゴリ:ココロとカラダ
- 2026/06/28 00:10:10
激しい雨だった。
まるで、僕という人間の生涯そのものが、天に溢れて、この薄汚れた〇〇の街を洗い流そうと企んでいるかのように。
まるで、僕という人間の生涯そのものが、天に溢れて、この薄汚れた〇〇の街を洗い流そうと企んでいるかのように。
僕は一日中、安宿の、湿った青畳の上に寝転び、ただ死んだ真似をしていた。
胸をかきむしるような恥羞(ちしゅう)と、おそるべき恐怖。
僕には、幸福になる資格など、はじめから無かったのだ。
ただの一度だって、人間の営みというものが理解できず、お道化(どけ)の仮面を被ることだけで辛うじて息をしてきた僕にとって、この激しい6月の嵐こそが、唯一のふさわしい、暗い褥(しとね)であった。
胸をかきむしるような恥羞(ちしゅう)と、おそるべき恐怖。
僕には、幸福になる資格など、はじめから無かったのだ。
ただの一度だって、人間の営みというものが理解できず、お道化(どけ)の仮面を被ることだけで辛うじて息をしてきた僕にとって、この激しい6月の嵐こそが、唯一のふさわしい、暗い褥(しとね)であった。
しかし、雨は唐突に、あがったのである。
生温かい風が、窓の隙間から、僕の伸び放題の髪をなでた。
僕は重い身体を起こし、まるで罪人が刑壇に登るような足取りで、窓の外を眺めた。
僕は重い身体を起こし、まるで罪人が刑壇に登るような足取りで、窓の外を眺めた。
そこに、あった。
にじんだ薄暮の、狂おしいほどに紫がかった雲の隙間に、それは、じつに儚げに、しかし残酷なほど鮮やかに架かっていた。
虹であった。
それは、僕のような日陰の存在を、わざわざ白日の下に引き摺り出すための、神の美しい罠のようにも見えた。
あまりにも清らかで、あまりにも僕の世界とは無縁の、天上の一条の光。
僕は思わず、その美しさに、冷たい戦慄を覚えた。
あんな風に、天の川のきざはしのように屹立(きつりつ)して、この罪深い僕の額を照らして、一体、何になろうというのか。
あまりにも清らかで、あまりにも僕の世界とは無縁の、天上の一条の光。
僕は思わず、その美しさに、冷たい戦慄を覚えた。
あんな風に、天の川のきざはしのように屹立(きつりつ)して、この罪深い僕の額を照らして、一体、何になろうというのか。
僕は、乾いた、自嘲の微笑を浮かべる。
「あれは、僕のために架かったのではない。ただ、世界が僕の滑稽な一生をあざ笑うために、一瞬だけ見せた幻影(まぼろし)に過ぎないのだ」と。
「あれは、僕のために架かったのではない。ただ、世界が僕の滑稽な一生をあざ笑うために、一瞬だけ見せた幻影(まぼろし)に過ぎないのだ」と。
けれども。
ああ、けれども、その虹の足元、
路傍の濁った水溜まりに、その七色の光が、
僕の、おそろしくやつれた、道化の顔と一緒に、静かに反射しているのを見たとき。
ああ、けれども、その虹の足元、
路傍の濁った水溜まりに、その七色の光が、
僕の、おそろしくやつれた、道化の顔と一緒に、静かに反射しているのを見たとき。
僕は、泣きたかった。
生まれてきて、すみません。
そう呟き続けてきた僕の、胸の奥の冷たい氷が、そのあまりにも美しい光によって、ほんの少しだけ、微かに、融かされるような錯覚を覚えたのだ。
そう呟き続けてきた僕の、胸の奥の冷たい氷が、そのあまりにも美しい光によって、ほんの少しだけ、微かに、融かされるような錯覚を覚えたのだ。
神様。
僕を、自堕落の烙印を押されたこの僕を、
それでもなお、この美しい世界の一隅に、
ただ、息をすることだけ、お許しくださるのでしょうか。
僕を、自堕落の烙印を押されたこの僕を、
それでもなお、この美しい世界の一隅に、
ただ、息をすることだけ、お許しくださるのでしょうか。
虹は、何も答えず、
ただただ、哀しいほどに美しく、6月の空に消えかけていた。
ただただ、哀しいほどに美しく、6月の空に消えかけていた。



























風はむらがりおちて 梢をゆさぶりあるひは空のうつろな青を かきまはしてさみしいきさらぎの野末にとどろく音は おほきな地球の息の根のやうに
梢はわななき となりあふやうにひとつの空洞のなかに 私は立つてゐた雲ははげしく流れて 日の光をうばひすべては暗い雨のなかに けぶつてしまふ
そして大地が ふかく底から息をするときひるがへる木の葉のやうに街はふるへるこはれやすい夢のやうに 家々はゆらぐけれども私は みづからの足もとをみつめる
なぜなら風は かなしみをはこび地震はたゞよふ魂のゆくへを たしかめるからふたつの激しい力に さらされながらも私はこゝろのなかに 小さな窓をひらくのだ
吹きぬける嵐のなかの ささやかなしづけさを私はなほも愛してゐるのだらうかいつかまた星がめぐりくる その日を信じて私はこのうすい壁のなかで まつてゐる
みきさんコメントありがとうございます
台風、思っていたよりはひどくなくて、2つともなんとか過ぎ去ってくれました。
昨日はお仕事で、前日にタクシー予約しようと思ったのですけれど、
「申し訳ございません、明日(今日の時点で昨日の朝のこと)は予約、お受けしていないんです。」
って。
駅まで、濡れネズミちゃん覚悟していたのですけれど、ほとんど濡れずに出勤出来ました。
帰りも、予報では1時間の降水量40mmなんてことだったのですけれど、おかげさまで「普通の」雨レベルで帰宅できました。
そもそも、電車止まっちゃったらやば~、って思っていました。
私の住んでいる地域では、低地では避難勧告が出ていました。
加えて、一昨日は22時頃だったかしら?、スマホの地震警報。
かなり大きな揺れでした。
朝4時くらいかな、もう一度、今度は地震警報で起こされました。
台風2つと地震。
自然の猛威。
こればかりは、来るという想定で備えるしかないです。
台風が過ぎ去った後は晴天、という認識だったのですけれど、今日も雨です。
生垣の笹がまたのびてきちゃって、切らないといけないのですけれど、また今度のお休みの日にします。
人は、生きているのではなくて、生かされている。
神さまが人を生かしてくださっているということは、それはまだこの世でやるべきことが残されているから。
私は、そう思っています。
ではでは、今週もよろしくお願いいたします。