Nicotto Town ニコッとタウン

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想いで氷海のスコア


アラスカ湾の濁った波が、アンカレッジの岸壁を噛んでいる。
5月の声を聞いてもなお、この街の風は刃物のように鋭い。
俺は煙草に火をつけ、灰色の煙を吐き出した。
煙は一瞬でかじかんだ空気にさらわれ、消えた。
消えていくものだけが、この街では真実だった。
場末のジャズ・バー「ブルー・ノース」の扉を押す。
錆びた蝶番が悲鳴を上げ、生暖かいアルコールの臭いが鼻腔を突いた。
客の途絶えた薄暗いカウンターの奥。
古いスピーカーから流れていたのは、ビル・エヴァンスの『Nardis』。
張り詰めた冷徹な旋律が、まるで凍土のひび割れのように響いていた。
「エヴァンスの弾くピアノは、いつでも終わりの匂いがする」
バーテンダーが、黙って琥珀色のバーボンを差し出した。
丸い氷がグラスの壁に当たり、チリンと乾いた音を立てる。
それはまるで、あの夜に崩れ去った約束の音のようだった。
エヴァンスの左手が刻む不穏なコード。
右手が紡ぐ、泣き出しそうなほどに美しいリフレイン。
守れなかった過去、救えなかった横顔が、音の隙間から溢れ出す。
アンカレッジの夜は、あまりにも長すぎる。
白夜の手前、曖昧な薄闇の中で、男たちは皆、何かを失くしている。
ここは逃亡者の終着駅。
これ以上どこへも行けない行き止まりの海を前に、
俺たちはただ、傷口を確かめるようにジャズを聴く。
ピアノの音が、静かにトリオのベースへと引き継がれる。
張り詰めた弦の響きが、俺の肋骨の奥を震わせた。
あいつの香水の匂いも、引き金を引いた時の冷たい感触も、
この極北の寒気なら、いつか綺麗に凍らせてくれると思った。
だが、エヴァンスの哀愁に満ちたボイシングは、
凍りかけた痛みを、容赦なく、そして優しく溶かしてしまう。
「もう一杯、同じものを」
俺の言葉に、バーテンダーはただボトルを傾けた。
ジュークボックスの針が上がる。
一瞬の静寂。
外ではまた、答えのない雪が静かに降り始めていた。

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