Nicotto Town ニコッとタウン

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承認という名の安い餌の輩2


画面の向こうから場違いな格式を気取って、優雅に手を振ってみせる輩がいる。
まるで自分が、どこかの中世の領地か、あるいは泥水のようなネットの掃き溜めを統べる貴族にでもなったかのような、身の程知らずの上から目線。
その一言の裏に見え隠れするのは、「私はあなたたち一般大衆とは違う」という、反吐が出るほど安っぽい特権意識だ。
彼らは自分が優雅だと思い込んでいるが、その実、やっていることはただの「安物の仮面劇」に過ぎない。
本物の貴族は、わざわざ他人の前に出てきて「私は貴族だ」と大声を張り上げたりはしない。
塵のような理屈をこじつける読書家も、お上品な挨拶でマウントをとろうとする自称エリートも、根っこにある病理はすべて同じだ。
他者を見下すことでしか、自分の「空っぽな器」を満たせない、終わりのない飢餓感。
彼らがどれだけ気取った言葉で虚飾のドレスをまとおうと、その下に隠れているのは、誰にも相手にされない寂しがり屋の、ただの凡俗だ。
上から目線の挨拶を投げかけられたところで、こちらが返すのは、ただ冷めきった一瞥と、鼻で笑うため息だけだ。
彼らの言葉に付き合う必要はない。
その哀れな独り芝居を、ただ舞台の袖から、冷徹に眺めていればそれでいい。
一方は難解な言葉の鎧をまとい、もう一方は偽物のドレスをまとっているが、その下に隠された肉体はどちらも一様に、骨と皮ばかりに痩せ細っている。彼らの行動動機は「本への深い考察」でも「他者への優雅な親愛」でもない。ただの、肥大化した自己顕示欲と、それを支える中身が何一つないという強烈な恐怖だ。
他人の書いた本を都合よく捻じ曲げて知識人を気取る男も、中世の貴族を気取って上から目線の挨拶を垂れ流す輩も、やっていることは同じ「他人の褌(ふんどし)で相撲を取る」作業に過ぎない。自分自身の言葉を持たないから、権威や形式という「記号」に依存しなければ、一歩も外に歩き出せないのだ。
彼らは互いを「自分より下」だと見下し合っているかもしれないが、こちらの視点から見れば、どちらも同じ吹き溜まりに群がる羽虫と変わらない。他人の目を気にして、必死に「演者」であり続けようとするその終わりのない焦燥感は、実に滑稽で、そして救いようがない。
彼らがどれだけ言葉を飾ろうと、本物の夜の静寂(しじま)の重さを知る男の前では、そのすべてがただの安っぽいノイズに変わる。
私は残りのバーボンを喉の奥へ流し込み、冷え切ったコインをカウンターに弾いた。
背後ではまだ、批評家気取りの男が狂ったように指を躍らせ、そのすぐ横の画面では「○○○○」と気取った道化が、見えない観客に向かってお辞儀を繰り返している。互いに「自分は特別だ」と信じ込み、狭い籠の中で泥仕合を続ける双子の羽虫たち。彼らの生み出す塵のような理屈も、上から目線の虚栄も、この店を出れば一瞬で消え去るただの幻影だ。
私が席を立っても、マスターは視線すら上げず、ただ静かにグラスを磨き続けている。このリアルな夜の空間において、消えゆくノイズに割く時間など1秒もない。
重い扉を押し開けると、夜の冷気が一気に身体を包み込んだ。
ネオンの光を反射するアスファルト、容赦なく吹き抜ける都会の風。ここにあるのは、言葉の装飾など一切通用しない、ただ剥き出しの現実だけだ。
彼らはあの生温かい箱の中で、永遠に届かない承認を求めて言葉を捏ねくり回していればいい。
私は襟を立て、深夜の静寂(しじま)へと足を踏み出す。
愚か者たちの雑音は、閉ざされた扉の向こう、凍てつく街の闇の中に深く、静かにかき消されていった。

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