「契約の龍」(138)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/12/29 01:39:40
やがて、手のひらが包み込む空間の中心に、小さな光の点が生まれる。それが少しずつ大きくなると、国王の「金瞳」から、細い光の触手が伸びる。
「…協力はしない癖に、食欲だけはあるんだねぇ」
クラウディアがそっとつぶやいていったん手を引っ込め、大きく息を吸って、おもむろに触手をわしづかみにする。大胆な事を、と驚いていると、掴まれたことに驚いたかのように、触手が引き戻される。
「逃がすか」
そうつぶやいた彼女の指先から細い緑色に輝く糸のようなものが伸び、触手に追いすがる。そして糸の先端が「金瞳」に到達すると、もう一本の糸が反対側の手から伸び、ぐるぐると国王の全身を巻きついていく。
やがて全身を隙間なく覆ったのではないかと思われる頃、クラウディアが溜め息をついて手を下ろした。すると、光る糸がすうっと消える。
「…これくらいで大丈夫…かしら、ね。応急処置だけど」
「一体…何をやったんです?」
「んー…「龍」の「糧道」を狭めた、とでもいえばいいのかな。本来、人間に憑いてる幻獣は、それほど「糧」を必要としないものなんだけど…何か、耐えず「糧」が必要とされる魔法を使い続けているのかしらね?」
そうつぶやいて、まだ「集中」を継続中の国王に声をかける。
「陛下。もう「集中」を解いていただいても構いませんが」
返答がない。
「…陛下…?」
恐る恐る、といった様子で、肩をゆすってみる。続いて首筋に触れてみる。
「何か、異変でも?」
「意識が飛んでるわね。脈拍も、呼吸も危険な状態ではないのだけど。…一緒に封じてしまったのかしら?」
「…一緒に?」
「ちょっと、接触してみるわね」
そう言うと、国王の額に指先を当て、目を瞑った。
しばらくして、「……ただ、眠ってるだけ、のようだけど……」首を振りながら手を離す。「…よほど疲れているのね。夢も見ていない。…寝かせておいてあげるのが、親切かしら?」
「眠ってる、って、この姿勢で?」
クラウディアは黙ってテーブルを足元に移動させた。それから国王の、胸の前で掲げた手を下ろさせ、肩を軽く突いた。
ゆっくりと倒れる国王の頭を、華奢な腕が支えるのを見て、慌てて手を貸す。
腕に国王の上半身の重さがかかるが……思ったよりも軽い。
「あとは…側仕えの人に任せた方がいいかしらね」
国王の頭を無事に枕の上に着地させたクラウディアは上掛けを引き上げ…胸元までにするか、肩まで上げるべきか迷った挙句、そう言った。
「まあ…他にも片付けるべきものがあるので、専門家に任せた方が無難でしょうね」
書類満載のテーブルとか。
「それよりも…眠りが深い、と仰った事の方が心配です。「昏睡」ではないんですよね?」
「…たぶん、ね。その事も含めて、外の警護の人たちに…」
そう言いながら出口へ向かい、ドアの前でふと足を止める。
「…こういう時、……傍についていて、様子見をする、ようなお役目の人って、いないのかしらね。この人には」
「お役目?」
不寝番、という意味合いではないのだろう。言葉を選んでいるような響きがあったので。
「まあ、いいか。今日だけモニターしときましょ」
そうつぶやいて、一本だけ指を立てる。その指先から小さく光る銀色の点が漂い、国王の額に吸い込まれる。
「…さて、クリスのとこに行くとしましょうか、ね」