Nicotto Town



その季節(小説)

「ファンタジーが聞いてあきれるな」
 
僕の作品を見たそいつは言った。
キャップを目深にかぶっていてその表情はうかがい知れない。
かろうじてその声色から女性というのは分かった。
 
「君の作品は現実にとらわれている」
「なんだと!じゃあ君の作品を見せてみろ!」
 
ゆっくりと指差した先には人だかり。
あまりに人が多いので、何かイベントでもやってるのかと思ったが、
彼女の作品が展示されているようだ。
僕は人々をかき分けるようにして進んだ。
 
そしてたどり着いた先は、幻想の世界だった。
 
がっくりと膝をつく僕。
 
 
それは、学生が対象のコンテストだった。
「ファンタジーの世界」がお題で、「表現方法は問わない」というものだった。
 
僕の作品は教科書通りの油絵だったが、
彼女の作品はコンピュータグラフィックスを使った絵だった。
 
今回のコンペも最優秀賞は確実と言われていた美大生の僕だったが、
その座は専門学生だという彼女に大差をつけて奪われた。
 
 
そして僕の葛藤は続いた。
「だめだ!どうしてもあの絵を超えられない!」
 
もうアトリエに何日もこもり何枚もの絵を描いていた。
しかしながら、彼女の表現の足元にも及ばなかった。
 
「何が足りないんだ・・」
 
 
煮詰まった僕に残された手はあまりなかった。
 
 
例の専門学校にたどり着いたはいいが、
やはり中に入れなかった。
 
周囲を不審人物のようにうろうろしていると、
不意に声をかけられた。
 
「やあ、あの時のお兄さんじゃないか」
やはりキャップを目深にかぶっており、表情はうかがえなかった。
 
 
 
「なるほどな。それで私に会いに来たと・・」
近くの公園のベンチに二人して腰かける
 
「あの時の絵は技術以上の何かがあった。
しかし、僕にはそれが何かわからない」
 
「言っただろ。お兄さんの絵は現実にとらわれてると」
 
「それはどういった意味だい?」
 
「簡単だよ。お兄さんはコンテストに勝ちたいと思っているだろう?」
 
「もちろんだ」
 
「だからさ。審査員の採点を気にしだすと、教科書通りの表現しかできない。
他人の評価なんか気にせずにさ、自分の表現したいものを作品にすればいいんだよ」
 
彼女は立ち上がると初めて帽子を取った。
 
「誰かを、いろんな人を感動させたい。それは芸術家共通の思いだろう?」
 
そんな当たり前のことを満面の笑顔で言う。
そして、それを忘れていた僕は芸術家失格だった。
 
 
その後、僕の作品は大きく評価を落とした。
 
でも画風を変える気はなかった。
少数でも評価してくれる人がいたからだ。
 
何より自分が描いてて楽しかった。
それは長らく忘れていた感覚だった。
 
 
「君の作品はくせが強いな・・」
僕の卒業作品を見た教授はそうつぶやいた。
 
「僕の作品だってすぐわかるでしょう?」
僕の受け答えに、教授は苦笑いをこぼした。
 
「しかし、今までのよりやけに鮮明だな。
まるで目の前に光景が広がっているようだ」
 
「モデルがいいですから」
 
教授は何か察したように「ほう」とだけ言うと
去って行った。
 
改めて絵と向き合うと、
確かに当時の光景が蘇ってくるようだった。
 
絵の中の少女は当時のまま満面の笑顔だった。
 
 
おわり
 

アバター
2018/08/27 00:14
なんのために書いているのだろう・・そう思った時に
やっぱり自分が書きたいから なんだと思う
人の評価を気にしだすと きっと書けなくなるよね
この作品は いつも心に留めておきたいです
コメントをさせていただいても大丈夫ですか?
本当のことを言うと 読んで感じられるだけでいいのかもしれない
言葉にしちゃうと なにか変わってしまうようで 申し訳ない気持ちになります
読ませていただいてありがとうございます<(_ _)>

アバター
2018/04/13 00:05
「だからさ。審査員の採点を気にしだすと、教科書通りの表現しかできない。
 他人の評価なんか気にせずにさ、自分の表現したいものを作品にすればいいんだよ」

「誰かを、いろんな人を感動させたい。それは芸術家共通の思いだろう?」

ここ、すごくグッと来ました。思わず目頭が熱くなった。
物書きとしての僕より、ソングライターの方の僕にすごく響きました。

いつも「自分の中の誰かの呼びかけ」で曲を書く僕は「ウケの良い曲」が書けなくて
それでも僕は自分の書く曲の一つ一つが魅力的でたまらないと信じて疑わない人間でした。
僕が曲に書く彼ら・彼女らは誰もがとても素敵な人達だから。

作った人間自身が惚れ込む作品って、それが絵だろうが音楽だろうが小説だろうが、
万人受けはしなくても誰かの心に響くものなんですよね。

「そして、夜の街」もとっても素敵でした。
『彼女』がセレブダンディーとお店に来るあたり、ありきたりな作品なら
チープなバッドエンドに行ってしまいそうな雰囲気だけれど、まとめ方がとっても綺麗で。

悩んだけれど、僕自身はこっちの方がお気に入りだったのでこちらにコメントしました。笑
素敵な作品をありがとうございます。幸せな時間を過ごさせてもらいました。
アバター
2018/03/21 00:59
読み終えてくすりとこちらもほころんでしまう作品ですね
ミステリアスな彼女からどうやって’笑顔’を描いたのか濁すあたりがいいですね
読み手側は想像したりイメージして楽しいです
帽子の下の顔の伏線がそこまでしつこくなくてよかったとおもいます




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