そして、夜の街(小説)
- カテゴリ:自作小説
- 2018/03/21 12:49:02
「お兄さん、料理人かな?」
驚いた。職業を一発で当てられた。
「なぜわかったの?」
「やはりね。手の傷、包丁のものだろう」
「それだけじゃ料理人とは限らないんじゃ…」
「あとはさ、出てきたお酒をまずいと思ったでしょ?そんな顔してた。だから舌が肥えてる食に関する職業だと思ったんだ」
確かにいつも扱っているお酒より安いものだとは思ったが、顔に出てたのか…
いずれにせよ、見事なプロファイリングだった。よく人を見てるし、これまでも多くの人を見てきたのだろう。
「料理と言えばさ、最近私も手料理を始めて…」
唖然とする僕を尻目に彼女は話し始めた。
ここは繁華街にある、とあるキャバクラ。
値段もリーズナブル、サービスも良いと評判を聞いて、来てみた。
それと、お祝いも兼ねていた。長く修行を重ねて、今回料理人の夢である、自分のお店を持つことになった。
「…でね、全然うまくいかないの。なんでかレシピと違うんだよね。なんかコツを教えてよー」
「シチューには隠し味として白みそを入れるといい。味に深いコクが出るんだ。」
「そうなんだ!やってみる!」
気づいたら気分良く話している僕だった。そんな盛り上げ方もとても上手だった。
同じものを感じた。僕が料理人として一流を目指しているのと同じで、この子もまたキャバクラ嬢として一流を目指していた。
「また来てねー」
「楽しかったよ。ありがとう」
時間はあっと言う間に過ぎた。本当に楽しかった。
朝の仕込みを終えると一息つく。
僕はフレンチのシェフだったが、持ち味は創作料理だった。基本はフレンチで、和食、中華、イタリアン、エスニックなどの技法を取り入れたものを得意としていた。
単純に料理の技術を磨くだけではこれまでと同様なものしか作れない。料理の世界も進化が求められているのだ。
停滞は退化である。これは僕のポリシーだった。
空いた時間で本屋へ向かう。
僕は化学の勉強をしていた。
技術の進歩はめざましく、最近の化学は料理に応用できるものも多かった。
調味料の調合も、熱を加える、冷蔵・冷凍といった技術も要は化学だった。
サイエンスコーナーに向かう途中、思いがけないものを目にする。
キャバクラで出会った例の彼女が大量の本を抱えながらレジに向かっていた。
「手伝おうか?」
「あ、あの時のお兄さん!」
「ありがとうね」
二人で軽くお茶をすることになった。
「その本はなんだい?」
カバンに詰められた大量の本を指差す。
「主に色んな週刊誌だよ。あと新聞なんかも」
「そんなに読むの?」
「うん。色んな話題の引き出しを持っておきたいんだ」
驚いた。これも仕事のためだと言う。
「私の家は貧乏でさ、上京した時は毎日のご飯も食べられるかどうかだった。でも今はこんないい暮らしができるようになった。お客さん達のおかげだよ。だから最大限楽しんでもらえるよう努力は惜しまない」
それはやはり僕と同じだった。お客さんのため、誰かのため一皿に全てをかける。
その後、例のキャバクラで彼女を指名しても、僕の席に着くことは無かった。
ボーイさんから聞いた話しだが、かなり社会的地位の高いお客さんから指名をいただいているらしい。まぁ一介の料理人に過ぎない僕には順番が回って来なくて当然だろう。
そして月日は流れ、ある夜の話。
来客も落ち着き、店を閉めようと思っていた頃、きらびやかな格好をした二人組が入ってきた。
「予約はしてないんだが、大丈夫かね?」
アルマーニのスーツに髭を生やしたいかにもセレブといった感じの初老の男性が言う。見るともう一人は例の彼女だった。顔を伏せていたので気づかなかった。同伴ってやつか…
「大丈夫ですよ。ではこちらにどうぞ。」
席に案内する。
「コースはいかがいたしましょう」
「一番いいものを頼むよ」
「かしこまりました」
この店で最高級のワインを提供すると、早速料理に取り掛かる。外食が多そうな二人には、普段取りにくい野菜をふんだんに使った料理がいいだろう。
「この店は最近できてね。とても美味しいと有名なんだよ」
「そうなんですね。」
そんなお客さんの会話も耳に入らないくらい集中して料理する。僕の信条は「お客さんを1秒でも待たせない。」料理の間はアスリートのゾーンとも似た集中力を発揮する。
結果的に大成功だった。二人は僕の料理を「素晴らしい」と言いながら食べてくれ、お酒も手伝って会話も弾んでいた。
だから、意外だった。デザートを食べ終えた頃、男性がトイレに立つとふと彼女に話しかけられたのだ。
「お兄さん、私、これでいいのかな…」
努力の成果というのは急に押し寄せる。
それを受け止められるかどうかというのもまた試されている。
「君の決めた道だ。迷わず進めばいい」
冷たく突き放す。
「でも、もう疲れたよ…」
おそらく毎晩違う男性と逢瀬しているのだろう。お店の方針とはいえ、年端もいかない女の子には辛いものだった。
「じゃあこうしよう。No.1になるまで続ける。僕も必ずこの店を街でNo.1の料理店にしてみせる。そしたらまた会おう」
「!…うん!」
そして、男性が戻ってきたので会話は途切れた。
それから、5年後。
街に小粋なバーができた。
ママは話し上手で、お客さんを大いに盛り上げ、マスターは本場フレンチの料理でお客さんの胃袋を虜にした。
よくお客さんは店をべた褒めしたが、二人に謙遜はなかった。
「だって当然でしょう。No.1同士なんだから」
おわり
幸せな気持ちになりました
ありがとうございます<(_ _)>
ほかの作品も読ませていただきたく存じます
どうぞよろしくお願いします。
「停滞は退化である」が、心に来る一言。
ショートドラマにできるような、素敵なお話ですね。
拝見しました。楽しかったです。
残りは明日からの通勤の友にさせていただきます。
ではでは
こんばんは。おひさしぶりです!
小説を拝見させていただくことはほとんどなかったのですがとてもきれいな文章で驚きました。
すばらしいですね!!!!