Nicotto Town



冥府婚姻 1

爽やかな春の、若草の風が吹いてくる。

心地よい柔らかい風だ。




しかし、その風も彼の気持ちを逆撫でする効果しか有さなかった。

「はぁあぁぁぁl・・・・・・・・・・・。」

彼は今、あまり当たることのない暖かな日差しの中で
真白に存在する太陽に感謝し、同時に恨んだ。


太陽が昇っている間、己は彼女を見ていられるから。

太陽が沈めば、彼女が見えないから。


「ずっと昇ったまんまでいろよ、太陽神は何やってんだよ・・・・」

神――――――。

彼もまた、神である。

名はハデス。

冥府の王であり、統べる神だ。

普段は冥界から出ては来ず、大体は城の中で本を読んだり、
または王間で椅子に座っているかどっちかである。

暇である。執務もあまり無い。

まあ、たまにケルベロスを撫でに行ったりして城を出ることもあるが。



そんな彼が今、冥界を出て、ましてや地上に出るのは珍しいの一言で
表すには難しい。

しかし、原因は意外にも簡単なことである。

原因―――、それは恋である。


「ああーーーーー、声とかかけらんねぇよ・・・。」


小声で悶々とし続ける青年(見かけのみ)は、かなりの不審者である。
誰も見ていないのが、残念な位である。


そんな不審者の恋の相手、弟である主神・ゼウスと姉である豊穣の女神・デメテルの
娘であり、取分け母デメテルに可愛がられている。
名前はペルセポネ。

豊穣の女神の娘らしく、髪は小麦のような茶金。
瞳は色素の薄めな緑。惹きつけられる色合いだ。

まあ、一番至近距離でも10メートル前後でしか見たことはないが。


事の発端は、冥界に来たばかりのとある死者の書類審査をしている時だった。

「そういえばハデス様、知ってますかぁ?」

1ヵ月程前のことだった。と、思う。
その週は死者5人。管轄する地上の地域はそこまで広くないので、
妥当な人数だった。

1週間に一度、死者の行き先を決める判定を出すことになっている。

「なんだ、お前は酔っ払っているのか?」

手元の調査書を見ると

『死因・泥酔後に溺死』。

「・・・で、何をだ?」

「最近地上はこの話で持ちきりですよ~」

普段あまり笑わず、テンションも低いハデスは、

「そうか。何の話か聞いた方がいいか?」

「聞きます?大体2ヶ月位前から綺麗な若女神がニューサの野原に
越してきたんですよ。これがまたかなりの美人でぇ・・・・」

うっとり話す中年の死者の話を聞いた時は、正直あまり興味はなかったが、
その夜、弟が訪ねてきたことで事態は変わった。

「なあ、兄貴。」

「あ?なんだ?」

見た目はどう見ても白髭の老年である弟。

話せば長いいざこざがあり、兄である自分は後に生まれ、
見た目は弟より若い。
この弟が多くの女神を愛人にし、多くの神を生み出した。

「こないだデメテルと親権のことで喧嘩になったんだよ。」

「親権・・・・って、お前また・・・・」

どこぞの女に手を出したんだろう・・・・・。

「や、それがさ、娘を嫁にやりたくないとかでさー。娘を内緒で引っ越させたんだよ。」

「そんなに可愛いのか?お前の娘とやらは。」

「それはもう目に入れても痛くない!」

主神であるゼウスがそこまで言う娘とは、どんな容姿なのか。

「ニューサにだろ?今日聞いた。」

「ああ、越したところはそこらしい。」

「今度見に行ってくるかな。俺の姪なわけだし。」

「あー、いーんでねーの?」

葡萄酒を一気に呷ったゼウスに了承を得て、次の朝早速地上に出向いた。



そして一目惚れをして今に至る。


「やっべ、もう日が沈む!」

気付けば日も傾き、小さな光が瞬き始めている。


隠れていた岩陰から顔をひょっこり出して、15メートル離れた位置に座って
星を見上げる女性(見た目は幼いが)を暫し凝視する。

顔に熱が上がるのがわかる。

苦しいような感覚がする。

いつか、近い内声でも掛けられるようになりたいと思いつつ、
冥府に(徒歩で)帰ることにした。


そしてその真上、雲の上から(親権の関係で会えない為)愛娘を見ていたゼウスも、

『なにやってんだろう兄貴・・・・・』

と思いつつ帰って行った。


残ったペルセポネは、星々をt脳内で繋げて遊んでいた。

『あ、こう繋げるとリンゴに見えるー。
あっ、こうしたらオレンジだー。すごーい!』


次回に続きます。

読んでいただけたら幸いです。






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