Nicotto Town


小説日記。


吸血鬼と吸血鬼殺し。【アリスサークル】ⅰ



 ―-どうせ叶わないとわかっているのに、夢を見る意味はあるのかな。

 他人をうらやむ私は、"フラン"という小さな女の子を演じている。
 何の悩みも無さそうな顔をして、みんなに混じって楽しげに笑うのが仕事な女の子を。
 ラクな仕事。
 …でも正直、疲れた。
 もう投げ出してしまおうか、とほんの一瞬でも思うと、"あの子"は私を、
 自分がさっきまで沈んでいた闇の底にひきずりこんで、代わりに出てくる。
 まだルアーノが何も言ったり、気にしたりしていないから、きっとおじさん以外には
 顔を見せていないんだろうと私は少しだけ楽観していた。
 いつバレてしまうかわからないけれど、きっと時間の問題。
 けど今のうちは。
 "わたし"の自我がまだはっきりしている間はまだ、ルアーノに限らずみんなに、
 でもとりわけルアーノには、絶対にバレてはいけない気がしていた。
 ルアーノは優しいから、あんな"あの子【フラン】"を見たら
 自分を責めてしまうと思ったから。
 フランが目を醒ましてしまったのは、私が弱かった、ただそれだけが理由なのに。
 誰に謝ればいいのかわからない罪だけど、少なくともフランは許してくれなかった。
 怒って、泣いて、"あんたがそんなんだから"と私を責めてくれた。
 顔を怒りと涙でぐしゃぐしゃにして私を罵ってくれた。
 いっそ気持ちよかった。
 そうだよね。私が悪いんだよね。
 でも私が罪を認めると、フランはもっともっと激情した。
 夢の中でだけ逢うことのできるフランは、いつしか私が眠りについても
 逢いにきてくれなくなった。
 代わりに、"わたし"の自我を物凄い勢いで奪いはじめた。
 かいつまんで話す。
 元々この世界の住人じゃなかった"わたし"はひょんなことで、
 この世界でのフランが死んでしまったときに、
 その空いた役にアリスもとい、ヴァンパイアとして滑り込んだ。
 きっとアリスの役が空いていなかったことと、
 平行世界の同一存在であるお互いに惹かれたからだと思う。
 周りの空気と人物たちに、当時4歳だった私は何の疑問も持たずに溶け込んだ。
 滑り出しは順調だった。
 でも成長するに従って気づいた。
 私はヴァンパイアの役に滑り込んだことで、
 普通の人間から半ヴァンパイアになっていた。
 だから普通の人間と同じに陽の下に出られたし、十字架も平気だった。
 吸血行動も三ヶ月に一回で十分だった。
 半ヴァンパイアの私は徐々に大人に近づいていった。
 やがて十四歳になって、伯爵とローゼンバーグ家の裏切り者、
 双子のジェイルの存在を知った。
 何も考えられなくて、ただ暗い怒りにひきずられて殺人に走った。
 初めて人を殺めて、右腕を失った。
 今でも後悔なんてしていない。
 でも、結果としてそれがフランを起こすことになってしまった。
 死んでしまったフランは、天界に行かずに"わたし"の中で眠っていた。
 フランはほぼ純血のヴァンパイアだった。
 人一倍"血の匂い"に敏感だった。
 …フランを起こすのは簡単だった。
 私がこの手を血に染めた日から、血の匂いに誘われてフランは目を醒ました。
 血を求めて、邪魔な"わたし"を消すために。



「私。吸血鬼殺し(ヴァンパイアハンター)」

 私は飲んでいた紅茶をふきだした。
 話がある、と平らな声で言われノコノコついていったらこれだ。
 それでもアリヒェンは顔色一つ変えずに淡々と告げる。

「私、ラルベッタ家の末裔。
 一族が潰されたのは私が生まれる前だけど、
 元から純血にこだわってなかったラルベッタ家は
 一族存続のために招き入れた人間に乗っ取られて、吸血鬼じゃなくなってしまった。
 いくら家名を残すためだって人間に潰されたら吸血鬼はお終い。
 元吸血鬼一族のラルベッタ家はそうやって【吸血鬼殺し】を生業に変えた。
 名の通った吸血鬼は殺すと多額の賞金が手に入る。
 だから私とあなたは敵同士。血は繋がってるけど容赦なしない。
 ……理解した?」

 ――死刑宣告なの?

 私はかろうじでうなずいた。
 ラルベッタ家が吸血鬼狩りに生業を転じたのは知っていたけれど、
 アリヒェンが一族の末裔だなんて聞いたことがなかった。
 世間は狭い。

「――でも。あなたを殺すわけじゃない。安心して」
「え」

 そんなことを言われたら余計に安心できなくなる。
 私は笑顔を作ることさえ忘れて短く声をもらした。

「"もう一人のあなた"と代わって。私が"用"があるのは、そっち」
「――ッ?!」

 思わず立ち上がっていた。
 ばん、とテーブルを叩いた手が痛い。
 これこそ紛れもない死刑宣告。
 どうして"もう一人"のことを知っているんだ、と膨れ上がった疑問はすぐにしぼんだ。
 きっと――いや、絶対にダルアンだ。
 夜に私がうなされていることを知っているダルアンに理由を問い詰められ、
 彼女なら良いかと口を滑らせてしまったのだ。
 アリヒェンがどうやって訊きだしたのかまではわからないけど、
 【吸血鬼殺し】という単語が脳裏を掠める。

 シュルゼムの視線を感じた気がしたけど、気のせいということにしておきたかった。
 喉まで出かかった言葉は結局何にもならなかった。
 アリヒェンは能面のような無表情でとつとつと続ける。

「半吸血鬼と純血の吸血鬼の違いは、
 陽の光に弱いことと十字架に弱いこと、
 定期的な吸血行動を頻繁に必要とするかしないか。
 前者なら数ヶ月に一度、少量の吸血だけで吸血衝動。
 "発作"は抑えられるけど、後者は週に数度少量ずつか、
 月に一回大量の血を摂取する必要がある。
 その分"発作"が起きやすいし、それはより苦痛を増やす。
 たえがたいのどの渇きと、気が狂いそうになる息苦しさ。
 あなたには眠気として訪れていたものがそうやって純血の吸血鬼には襲いかかる。
 あなたの中に眠っている純血の吸血鬼は、放っておくとそうやって苦しむことになる。
 目覚めて一ヶ月くらい経っているなら、そろそろやばい発作がくる。
 発作には周期があって、血が足りなくても落ちついてるときもある。
 もし今まで何度も入れ替わっていて問題がなかったなら、そういうこと。
 でも時間の問題。
 発作を抑えられなくなる。
 もし発作の絶頂期を越えて"覚醒"してしまったら、あなたはきっと消される。
 そうなってしまったら手遅れ。
 あなたという存在だけでなく、"フラン"という存在そのものを殺さないといけなくなる。
 目につく生き物全ての血を吸い尽くして皆殺しにするまで止まらない化け物になる。
 止まったら次の街に行って同じことを繰り返す。
 まだ間に合うの。
 今ならまだ片方の犠牲で済む。
 私は、あなたを"殺せない"。
 ――――よく考えておいて」

 私に口を挟ませる余裕も与えず城へ去って行ったアリヒェンの背中を見送って、
 私はようやく魂が抜けたように椅子に座った。
 あの人はいつだって本気だ。
 嘘なんてつかない。
 だからわかる。
 本当は誰も殺したくないんだということが。
 与えられた執行猶予に、私は成すすべもなくまた一日を無駄にした。




アリヒェンの裏設定。
フランともう一人。

まだまだ続きまふ。




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