Nicotto Town


小説日記。


割れない硝子。【3】




# - 魔術師(逆)



 朝起きると母親が居なかった。
 父親は土曜日なのに仕事に行っていた。
 ……当然だ。
 これが、私の出した答えだ。

 母親はきっと高校時代の友人と遊びにでも行ってしまったんだろう。
 ドーナツでも買ってきてくれれば独りきりにされたって十分だ。
 顔を洗ってパジャマから着替えると、締め切られていたカーテンを開け放って朝日を浴びた。今日も鬱陶しいくらいの晴天だ。
 茶の間に行ってパソコンの電源を付けると、早速冷房を起こした。
 まだ10時だが自分だけの秘密だ。
 優しい冷風に癒される。
 キッチンの冷蔵庫からコーヒー牛乳と牛乳のパックを取り出して星の柄が可愛いコップに注いだ。
 コーヒー牛乳だけだと甘すぎる気がするので、いつもこうやって牛乳と混ぜている。
 パックを冷蔵庫にしまって戸棚からコルクを持ち出す。
 冷房をかけているから本当は必要ないのだが、やはり気分は大切だと思う。
 茶の間のパソコンの隣にそれらを置くとようやく腰を落ち着けた。
 昨日ぶりに起動したパソコンの液晶画面では、大好きなキャラクターが物憂げな顔をして夜空を仰いでいた。
 一晩寝て、あの悪夢のような告白を理解できたわけではない。
 そもそもどうして私はその事実が嘘かもしれない、ということを最初に思わなかったのだろう。
 それほどに友人を信用していなかったのか、それとも嘘を吐くはずがないとでも思っていたのだろうか。
 どちらにしろ、今となってはもう遅い。
 まだ私と友人、殺された友人の家族しか知らない殺人事件は起こるべくして起こってしまった。
 果たして、友人はどうやって死体を処理するつもりなのだろう。
 それとも放置しているのだろうか。なら、夏場だから臭いだって……。
 いや、小説の読みすぎだ。
 それも、友人がこれから来ればわかることだし――。

「よっ、おっはよう」
「え?」

 背後から掛けられた声にぞっとする。
 不法侵入罪でも訴えたほうが良いかもしれない。

「鍵、かけてなかったよ?」
「お、おう」

 そうだった、家のチャイムは壊れていて音がしないのだった。
 母親が出かけるときに鍵をかけ忘れてしまったのだろう。
 でも、だからって無断で入ってくることはないだろうに。
 やっぱり訴えよう。

「待ってよ。じゃあ今謝るから」
「今?そんな薄っぺらい言葉で?」
「薄っぺらいって何だよ」
「そのままだ!お前の言葉は薄っぺらいんだ!紙ぺら一枚だ!」

 と勢いに乗って怒鳴り散らすと、さすがに友人も驚いたらしい。
 一瞬アホ面をしたかと思うと吹き出して笑い出した。

「ひっでー!何それ!じゃあ昨日の電話のことも薄っぺらいって言うの?」
「――」

 息が詰まる。
 嗚呼、やっぱり本当なんだ。
 なんだろうこの絶望は。
 裏切られたような感覚は。
 いや、裏切られたと思うのは、勝手に相手を信頼していた証拠だ。
 だからこれは、自業自得なんだ。
 私が彼女を見上げると、目に見えて彼女は狼狽えた。

「……嘘じゃないって」
「…………なんで」
「殺してみたかったんだ」
「……なんで」
「だって、やかましかったんだもん」
「なんで」
「あたしが一人じゃ何もできないって言うから」
「そりゃそうだよ!だってまだ子供だもん!私たちは、まだ子供なんだ」
「……証明、しようと思って」
「……はぁ?」
「……」
「ッ馬鹿!馬鹿ッあああ!!だから馬鹿は嫌いなんだよ!嫌いなんだよ!!」
「ごめん」

 手元の筆箱を振りかざして投げつける。
 大量のボールペンがバラバラと零れ落ちた。
 ああ、なんて芝居がかった嫌な言葉なんだろう。
 一人で騒いでる私が馬鹿みたいじゃないか。
 その泣きそうな顔も、駄々っ子みたいな言い方も、昔から何も変わらない。
 これは、私のせいなんだろうか。
 私のせいで友人はこんなことをしたんだろうか。
 いいや、考えすぎだ。
 私はただ、友人として振る舞っていただけなんだから。
 それは彼女自身の問題だろう。
 どうしての理由も。こんなことになった理由も明確なんだから。
 さぞ愉快だろう。私がこんなになって泣いている姿は。お前にとって、私は何なんだ。
 私はお前の友人で居ていいのか?それとも、絶交して通報したほうがいいのか。
 それが友情というものなのか。
 ……いいや、そんなことはできない。
 何故なら私が弱いから。臆病だから。
 高校生にもなって、図体ばっかり、年齢ばっかり大きくなっても結局性格なんて一度決まってしまえば変わることなどないのだ。
 普段の私なら、お前が世迷言の一つや二つほざいたってあんなこと言わなかったろう。
 急に怒鳴りだしたりしなかったろう。感情をぶちまけたりなんかしなかったろう。
 むしろ笑い飛ばしていたかもしれない。
 けれど私のメンタルは、お前が思っているよりよほど壊れやすいんだ。
 お前、知っていたはずだろう。私が今自分を見失わないのに精いっぱいなことくらい。
 これで満足か。お前の思う壺か。私のなけなしの良心に漬け込んで満足か。

「満足かよお!!」

 叫んだ私の声がカーペットに吸い込まれる。
 窓ガラス越しに聞こえる蝉の声は、相も変わらずやかましい。
 少しだけ雲の出始めた青空は、夕方から大雨を降らすと脅しているようだ。
 溢れ出した涙のせいで息が苦しくて、沈黙に耐え切れず洟をかんだ。
 嗚咽が言葉の邪魔をして、これ以上何も言えそうにない。

「……ごめんって」

 どうして、お前は。
 そんな風にしか他人に謝れないんだ。
 馬鹿にしているのか。だから馬鹿は嫌いなんだ。
 お前みたいな馬鹿は、特に大嫌いなんだ。
 私は友人選びを失敗したんだろうか。間違った選択をしてしまったんだろうか。
 それとも最初からこうなる運命だったとでも言うのか。

 私にはもうわからない。







*****

(´_ゝ`)


 




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