Nicotto Town


小説日記。


夢操作実験//Database▷case1-2




▷実験開始10分
error
■異常行動検出
■被験者逃走
■プログラム自動修正開始
■被験者の異常行動を記録
■実験続行


******


 逃げ出した。
 見知らぬ人たちが、とてつもなく恐ろしいもののように思えた。
 言葉の通じない恐怖に、まだ島の外に出たことのない幼稚な脳みそが耐えられなかった。
 走った。
 逃げた。
 教授やスーツの人たちが、大声で引き止めるような気配がした。
 扉を押し開けて走る。無我夢中で、足を動かした。
 追いかけてくる足音が、たくさん、たくさん、頭の中で響いていた。
 逃げようとした、走ろうとしたのに、突然、階段の前から水色の、あの衣装を身にまとった警察官が溢れ出してきた。
 立ち止まる。
 後ろには、もう白衣の教授たちが迫っていた。
 可笑しな言葉を紡ぎながら、警察官が腕を掴んだ。振りほどこうとすれば、背後から近寄ってきた教授たちに取り囲まれる。
 羽交い締めにされながら、あっという間に廊下を引きずられて応接室に連れ戻された。
 応接室では、スーツの人が携帯電話で誰かと話していた。それがちょうど終わると、ソファに座らされて、スーツの人たちは話し合っていた。
 わけのわからない言葉に、脳が侵されていく。どんどん、言葉を失っていく気がした。
 スーツの二人はそのまま退室した。頭の上に浮かぶハテナマークが、増えていく。 
 警察官が写真みたいなものを何枚が持ってきて、机に並べた。 
 全て食べ物の写真だった。 
 うどんや丼、寿司もあったけど、中にはお米に野菜を刺したみたいな、形容しがたいものもあった。 
 警官が写真の上全体を軽くなぞった。 
 「どれか一つ選んで 」という意味かと思い、丼を指差す。
 「うんじ?」 
 みたいなことを言われた。わけがわからなかった。 
 仕方なく、反射のように手が動き、丼の写真を指差して、箸で食べる仕草をした。 
 すると警官は大きく頷き、部屋を出ていった。
 再び、間。
 沈黙。 
 そのまま、放置された。警官の人が何人かいるけど、無言だった。 
 どうしようかと考えたけど、どうすることもできず、イチゴミルクを飲んだり、辺りにあるものを観察したりした。 
 お茶には、口をつけなかった。 
 ソファを始め、机やドアなどとにかく今までとなんら変わらなかった。けれど文字だけが意味不明だった。 
 お菓子の包装紙にアルファベットが書いてあった。でも意味不明で、 英語ではないようだった。
 また立ち上がる勇気は無かった。こちらを見る彼らの目が、ギラギラと睨みつけていた。 
 完全に萎縮していた。早鐘を打つ心臓が破裂しそうだった。 
 辺りを見回すのにも飽きた頃、さっき写真見せてくれた人が丼持って帰ってきた。 
 お盆にあったのは、箸だった。
 どうぞ、みたいな手振りをしたので、手を合わせ、頭を下げてから頂いた。
 蓋を開けると、普通の卵丼だった。口を付ける前に躊躇する。
 けれど、こちらを見る視線に抗えず、気づけばまた、がっついていた。
 お腹が膨れると、先ほどの緊張がようやく解れて少しだけ落ち着きが出てきた。 イチゴミルクを、また飲んだ。
 現状に置いていかれていた頭が回転しだした感じがした。 
 食べ終わると、今度はいろいろな写真が出てきた。 
 人物とか、風景とか、絵画とか。 
 どれも知らない。どれも見たことがない。反応に困った。 
 一枚一枚手に持ってくれて、見やすくしてくれたり、部分部分を指差してくれる。けれど、どう対応していいかわからない。
 しばらくそんなやり取りが続いた。
 見たこともない景色を、直接脳内に刷り込まれるようで、酷く不快だった。
 そのうち、何も答えないこちらに業を煮やしたのか、無意味と思ったのか、写真をしまって優しく手を引っ張られた。 
 無理やり応接室に引きずられたときのような強引さは無かった。
 今度は囲まれることはなく、手を引っ張られながら部屋を出た。 
 部屋を出ると、なんとなく空気が重い感じがした。 
 しばらく歩いた。
 不意に、物々しい奴らがぞろぞろとやって来て、周りを囲いだした。
 歩みは止まらない。そのまま駐車場にいき、車に乗せられた。
 真っ黒で、大きな車だった。 
 車は静かに動き出した。
 前後には別の黒い車があって、一緒に走りだした。
 後部座席真ん中で、左右は警官。 
 また、不安と緊張が胸をいっぱいにする。背筋が凍える。 
 けれど、異常な世界に疲れていたのか、車に揺られながら、いつの間にか眠ってしまっていた。
 気がつくと、ベッドで横になってた。 
 車の中じゃない。
 白い、天井。
 ツンとする薬品の臭い。嗅ぎなれた、保健室に似た臭い。
 医者のような、ナースのような人たちが、たくさんいた。 
 目を覚ましたことを知らせようと起き上がろうとした。
 途端、頭が、アイスピックで突かれたように痛んだ。どんどん痛くなって、またあの、死にたくなるような、気持ちの悪さが襲ってくる。
 突っ伏して悶えていると、足音がした。医者がこちらの顔を覗き込んでいた。
 ペンライトが目を照らす。耳を覗く。口を開いて奥を見る。
 ほんの少し触れられただけでも、頭が破裂しそうなほどに痛んだ。放っておいて欲しかった。
 けれど身体は、鉛か何かのように動かなくて、言うことを利かない。
 医者が診察を終えると、他の医者たちとなにやら話しをし始めた。 医者たちは基本的に無表情だった。でも、話す時は怪訝そうな感じだった。  
 直後、別の医者が直接顔や頭を触ってきた。嫌悪感が、ゾワゾワと身体の表面に走る。
 その手には、機械の棒のようなものが握られていた。嫌な予感がする。
 頭が痛い。
 身体が、重い。
 金属の棒が、耳に突き込まれた。瞬間、灼けた鉄が頭の中を貫くような、激痛が走る。
 喉の奥から迸ったのは、潰れた絶叫だった。
 医者達が固まる。 
 ピリっとした空気が肌を刺し、キラリと視界の端で何かが光る。
 熱い。冷たい。痛い、なにか。
 嫌だ、と声にならなかった。
 そのまま、意識が遠のいていった。


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