カダフィを拘束後に処刑したことが…
- カテゴリ:勉強
- 2011/10/29 23:53:17
・カダフィの最後を撮影した映像を見ると、拘束された直後は生きていたようにも見え、新たな火種になりそうだ
40年以上にわたり、リビアに君臨していたムアンマル・アル・カダフィが殺されたようだ。最後の様子を撮影した映像がインターネット上で流されているの だが、それをみると反カダフィ軍に拘束された直後は生きているようにも見える。残虐な光景だが、それを覚悟で見る価値はある。
この映像のためか、国民評議会のマフムード・ジブリル臨時首相も拘束時に生きていたことを認めている。ただ、交戦時の負傷が原因だとしているようだが。ともかく、新たな火種ができた。
生前、カダフィは最後まで米英仏軍と戦うと宣言していたが、その約束を守った形である。反カダフィ派や米英仏にしてみると、国外へ連れ出せなかった以上、殺すしかなかったのだろう。何しろ、内幕を知りすぎている。
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201110210000/
最後の様子を撮影した映像
http://www.youtube.com/watch?v=wknw5UwClFI&feature=channel_video_title
国民評議会のマフムード・ジブリル臨時首相も拘束時に生きていたことを認めている
http://www.bbc.co.uk/news/world-africa-15397812
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・反カダフィ派や米英仏軍は東電並みの嘘を撒き散らしてきたが、カダフィを拘束後に処刑したことが「素人」の撮影した映像で明確になってきた
リビアのムアンマル・アル・カダフィは反カダフィ軍に拘束された後、処刑された可能性が高まった。現場の様子が撮影されていなければ、空爆で殺された、 あるいは穴蔵に隠れているところを引き出されて命乞いをしながら死んだというようなストーリーを主張し続けることもできただろうが、今の世の中では無理 だった。
処刑した理由はいくつか考えられるが、最も単純な見方は報復。何しろ、反カダフィ軍の主力はアル・カイダ系の武装集団のLIFG(リビア・イスラム戦闘団)であり、荒っぽいことは間違いない。
また、口封じだった可能性もある。カダフィはイラクのサダム・フセインと同じようにCIAの協力者だった人物であり、裁判などで証言されては困る人間が少なくない。
カダフィ体制を潰した理由のひとつはリビアの石油利権、もうひとつはカダフィが支援していたアフリカ中南部諸国の資源利権だろうが、もうひとつカダフィ を排除しなければならない理由が指摘されている。石油による収入、保有する金塊を利用し、アフリカでの交易を共通の金貨で決済しようという計画があったよ うなのだ。西ヨーロッパではユーロとドルの戦いが展開されているようだが、アフリカでも別の通貨戦争が勃発する可能性があったということである。
最終更新日 2011.10.22 02:02:33
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201110210002/
ムアンマル・アル・カダフィは反カダフィ軍に拘束された後、処刑された可能性が高まった。
http://www.dailymail.co.uk/news/article-2051361/GADDAFI-DEAD-VIDEO-Dictator-begs-life-summary-execution.html#
~~~転載おわり