Nicotto Town



古今亭今助『置いてけ堀』その1

えー、江戸時代に七不思議と言うのは処々に御座いました。麻布七不思議、吉原七不思議、上野七不思議、本所七不思議・・本所七不思議の内でどなたも御存じなのは“置いてけ堀”で御座いますかな、それに“片葉の葦(あし)”、“狸囃子(たぬきばやし、馬鹿囃子とも)”、“足洗い屋敷”、この辺はもう大概の方はご存じで御座います。 その他に“一つ提灯”または“送り提灯”とも申しました・・から“津軽家の太鼓”、“松浦家の椎の木提灯(落葉なしの椎とも)”、“消えずの行灯(あんどん)”、“力杖の音”。

こう数えてみるてぇと九つあるんですがな、九つで七不思議ってのは可笑しいんですけども、人によってより方が違うんですが、“力杖の音”と“松浦家の椎の木提灯”の二つで七つに成ると言う方も有りますし、せから“津軽家の太鼓”と“消えずの行灯”で、これで七つに成ると言う方、その人によって、解釈によってが皆違います。

えー、“力杖の音”と言うのは、盲人が殺されましてその殺された辺りを通りますと、こう杖を突く、その音が聞こえたと、そんで不思議だ、そんで七不思議だと申します。 “狸囃子”、こりゃ今考えりゃあ何でもないですなー、葛西、小松辺りの農家の青年が冬でも祭りの稽古をしております。 それが筑波颪(つくばおろし)に太鼓の音が誘われまして本所の当たりで聞こえた。 この寒いのに太鼓を叩いてる、こりゃ狸だろうてんで、まあこりゃ“狸囃子”てんだそうで御座いますが。

“片葉の葦”、これは不思議で御座いますが、本所ばかりではありません、大阪にも伊勢にも有りまして、これみんな“片葉の葦”で御座いますからなー。 えー、清元の喜撰にも御座いますが、えー、“難波江の片葉の葦のむず折れ溶けて”と言う、えー、歌詞が御座います。 せから伊勢のもやはり“片葉の葦”でございます。 これは只今でも生えておりますけども、“草の名も所によりて変わるなり、難波の葦が、伊勢の浜荻”という、伊勢の浜荻と難波の葦とは違うなんて言う学説は有りますが、わたくし達にはそんな事は分かりませんが、この伊勢のはお寺の境内に生えておりまして、あたしの心安い皮膚科の先生が、えー、調べて参りましたが、秋口でみんなもう刈っちゃった後で2,3本残ってたそうです。 その訳を言って一本貰ってきて見せて貰いましたが、成る程まあそういう種類だと言うと何でもないんですけれども、こう葦の片側だけに、こう葉が出ておりまして、片っぽには葉が出ておりません。 私なんか見ると不思議だと思いましたが、これが江戸でも本所だけに生えてたそうで御座いまして、これが七不思議の一つで御座います。

眉唾ものは、えー“足洗い屋敷”ですなー。 これが事実としたらこんな不思議な事は有りません。 天井裏から血まみれの足がニュウっと出て参ります。 その血を洗い落としてやりますとス~っと足が消えたんだそうですが、これが事実としたら不思議で御座いますがこれは何かの間違いだろうと思いますけども。

せから“置いてけ堀”、これは本所の場末で御座います。 お客様もご存じのとおり本所深川は埋め立て地で御座いますからな、川筋も沢山有りましたし、せから堀も沢山有ったそうで御座います。 立川(たてかわ)、横川、小名木川などで御座いますが、から源兵衛堀、六間堀、隠亡堀、置いてけ堀なぞはどなたもお客様の頭の中に残ってる話で御座いますけども、本所も場末の頃で御座いまして、堀の周りに鬱蒼と葦が生い茂っておりまして、小さな旗本屋敷か御家人屋敷が二、三軒ちらりほらりと有るだけで御座います。 柳の木が一本枝が堀へ垂れ下がっておりまして、その葦の中に掘っ建て小屋、あばら家がたった一軒有るきりで御座います。

その柳の木の下辺りが、堀が幾分か深いと見えまして鮒(ふな)が寄って来るところから釣り師が時折こう竿を下ろしておりましたが、今日も魚篭(びく)にいっぱい鮒を釣りまして、暮れ六つの鐘が鳴りましたので帰り支度。 竿を畳んで袋へ納めまして魚篭を持って立ち上がった途端に、堀の中から「置いてけ!」・・・と言う声が聞こえましたので、さては堀の主(ぬし)があんまり魚を釣ったので、「置いてけ、置いてけ!」と言ったんだろうとビックリして、魚篭をその場に放り出すと逃げ帰りましたが、その晩から熱が出て、3日3晩というもの・・

(その2へ続く:23分)




Copyright © 2024 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.