Nicotto Town



古今亭今助『置いてけ堀』その2

「あら源さんどうして?」 『ありがとう度々。』 「まだ熱が下がらないの? もう4日目だというのに!」 『夕べなんかねー、うなされてうわごと言ってんのさー!』 「そぉ~!」 『うーうーうなってて、“置いてけ、置いてけ!”、暫くたつとまたうーうーうなって“置いてけ、置いてけ!”、薄気味悪くなったからねー、あたしゃ揺り起してやったら汗をビッショリかいて“これこれこういう訳だ! 俺は釣りはもう一生やらない!”、今日竹庵先生に診てもらおうと思って!』

「それがいいわよ!」 『まあー堀の主なんてものは執念深いもんですねー。』 「本当ですよ!・・ああ、あの側に六さんのおふくろが隠居してるんですよ、そう言って来てやりましょう年寄りですから。 堀の主にでも憑かれたらえらい事に成るから。」 『そうして御覧なさいよ、年寄りだから気の毒だから!』 「じゃあ源さんお大事に!」 『あー、有難う!』・・・

「おばあさん、おばあさん!」 『へ?』 「おばあさん!」 『おやおやまあー、何処の風の吹き廻しかと思って・・おみっちゃん、暫らく、おみっちゃんどうしたの?』 「おばあさん・・おばあさん(小声で)」 『えー?』 「六さんとこへ帰った方がいいわよ!」 『どうして?(小声で)』 「どうしてってね・・この堀に主が居るんですって!」 『そんな馬鹿な?』

「本当ですよ・・うちの隣の源さんがね、魚篭にいっぱい鮒釣って、帰り支度をしていたら堀の中から“置いてけ、置いてけ!”って・・こりゃ堀の主が魚を置いてけって言ったんだろうと思って、魚篭を放り出して家へ逃げ帰ったら、それから3日3晩、今日で4日目、まだ熱が下がらないの・・それもいいけど夕べうわごと言ってるんですって、うなされて! “んー、んー、んー! 置いてけ! 置いてけ! んー! んー! 置いてけ! 置いてけ!”、薄気味悪くなったから揺り起したら汗をビッショリかいて、“オイラもう一生釣りはしない”って、そう言ってたそうですよー! おばあさんもねー、年ですから主に祟られたらえらい事に成るから、六さんとこ帰った方がいいわよ!」

『そー、あー、そー!? そりゃあ御親切に有り難う(小声で)』 「さあー、六さんとこお帰んなさいよー!」 『有り難う、どうもすいません!』・・・

『あっはっはっはっはっは~~! うっはっはっはっは~~! 何だい、えー、堀の主はオイラだったのかい! えー、釣り師が来て時分どきに成ると、“おばあさん、水を一杯御馳走してくれ”とか“えー、番茶を飲ましてくれ”とか言いながら、いくら釣ったって“おばあさん、半分鮒を置いてこう”なんて言う奴は一人も居ない。 “ここらの奴はしみったれだ、ケチだ、しみったれだ・・たまにはこの婆のとこへ置いてけ!”って愚痴を言ったら、その“置いてけ”だけに力が入ったと見えて、この下水口を伝わってあの堀の中で聞こえたんだね! えー、そんな事は知らない、後で通りかかると柳の木の下に魚篭が放り出してあったから家へ持ってきて、竹の串へ刺して焼いて、天井裏へ皆刺してあるけど、こりゃあ面白いや! またやってやろう!』

今度はその気でやったんですからなー、堪ったもんじゃあ無いですなー。 まさかそんな馬鹿な事が無かろうてんで釣り師が道具を仕舞って帰り支度になりますと、それをこっちで見ていまして下水口向かって、『置いてけ! 置いてけ!』 「そうらー出た~~!」てんで逃げて行きましたが、2、3度やってるうちに釣り師はばったり来なくなってしまって・・・

「おー金こう! 金こう!」 『なんだ留兄い? 何だい?』 「おめぇー置いてけ堀っての知ってるか?」 『大変な噂だ、ここいらではなー! 置いてけ堀の噂してねー家は1軒もねぇや、あー!』 「おらぁそんな馬鹿な事はねぇと思うんだがなー、えー、カワウソだか河童だか知らねーけど人間の言葉使うなんてなーどうも解せねぇんだ、誰かのいたずらじゃねぇかと思うんだがなー。 その化けの皮をおりゃひん剥いてやろうと思うんだがなー、一緒に連れてってくれねぇか?」

『いやー、そ~~・・は止した方がいいよ! えー、そりゃあ源さんが熱が出て今日でもう7日か8日寝たっきりなんだからなー、えー、行って熱でも出ると大変だぜー!』 「でぇ丈夫だよ! 俺が行きゃあなー、えー、化け物のほうで熱を出して寝込んじまう!」 『どーして気が強いんだなー! おりゃ嫌いなんだよ、幽霊だの化け物はなー、俺が好きなのは17、8の小娘だ!』

(その3へ続く)




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