Nicotto Town



古今亭今助『置いてけ堀』その3

「何を言ってやんでぃ! 俺は何だ、今度じゃあ仕事で埋め合わせをするから連れてってくれ、よお! 場所を教えてもらえばそれでいいんだ。」 『じゃおりゃ場所教えるだけだぜ、すぐ俺は引っ返して来るぜ!』 「ああいいとも!」 『んじゃあ出かけよう!』 「出かけよう!」・・・

『おおっと兄い、兄い、違う違う!・・こっち、こっち、左の方だ、そのね葦の生い茂ってるその細い道の方だ、うん・・道が悪いから気を付けた方がいいぜうん・・』・・

「金こう!・・あんまりいい心持ちはしねぇなー、この淋しい所で猫の鳴き声とカラスの鳴き声なんてものは、あんまりいい心持ちするもんじゃねぇなー・・」 『道具だて、兄いすっかり揃ってるんだ、えー・・・おー、おーあすこ! おーあの柳の木の下、あの下あたりに主が居るんだ。 じゃおりゃこれで帰るから!』 「ま、ま、ま、待てよ!」 『んにゃ、うー、そ、そ、袖引っぱっちゃいけない! 袂がズレちゃう! 行くよ行くよ、そばまで行くよ!』 「んなここまで来て何だい、そばまで来て引き上げるってのはねぇじゃねぇ!」 『ここだよ(小声で)』 「・・・ここか? ふ~ん・・」・・・

『持ってけ! 持ってけ!』

『ああ、じゃ、出た~!! うー、うう、引っぱちゃいけねぇ! おりゃあやだ、あー、行くよ、行くよ!』 「ま、ま、待てよ、待てってんだ本とに、えー!」 『だから・・置いてけったろ?』 「俺には置いてけとは聞こえなかったな・・“持ってけ、持ってけ!”って・・」 『そんな馬鹿な事を!?』 「本とだよ、も一度耳をすまして聴いててみろ・・」

『持ってけ!・・持ってけ!・・その猫を・・』

『ああ~! あ~! 持ってきます、持ってきます! どうぞどうぞ、あのー祟りのねー様にお願いしますよ! えー、持ってきますから、えー!』 「おー、おー、金こう、金こう!・・あの野郎意気地のねー野郎だなー、猫のへぇった駕籠担いで逃げだしちまいやがった! だらしのねー野郎だあの野郎はどうも・・が確かに“持ってけ、持ってけ!”って聞こえたがなー?」

柳の木の下に手を掛けまして堀の中をじ~っと覗きますと、「あれ??? すげぇ目で俺の方睨んでやんな~! 目が二っつ有らぁ!・・なぁんだー、俺の顔が映ってるんじゃあねぇか、へへぇ!!」 言うとたんに柳の樹にとまっておりますカラスが、“ア、ハッ!! カァー!!”

「ううう、あっと、(バシャッ!)こりゃいけねぇ! はぁ、あ~驚いた! 何だ腰きりねぇじゃねぇのか水は! あー驚いたなー、はー・・」 這い上がろうと思いましたがヌルヌルして中々上がれません、「あ、ちょっ!?」 と・・下水口から、「渋団扇(しぶうちわ)の音が聞こえるな・・七輪でもあおいでるような音だなぁ・・してみりゃあここいらに家が有るんだ!」 下水口へ足を置きましてやっとの思いで上へ上がりました。

「あー、あそこに掘っ建て小屋が有らぁー・・あれが主かな?!」 側へ寄ってみますと障子に穴が開いておりますから・・「大変なフナだなー・・婆、口からフナを串抜いて、鍋ん中入れて・・甘露煮でも拵えようってのかな? 釣竿の一本ある訳じゃない・・あー、あの婆が主だな!」・・・

「おばあさん、おばあさん!」 『馬鹿野郎! あの堀へ身を投げたってなー、死ねやしねぇや!』 「おりゃ身を投げたんじゃねぇや、落っこたんだー!」 『どっちにしても間抜けなやろーだ! そう濡れてるんじゃあしょうがねぇーだろう、えーここに何だ、あのー七輪が有るからなー、ここへ来てあのー乾かすといいや。 で、跨ぎの方がいいぞ、よく乾くから。』 「えー、じゃおばあさん御免よ、んん・・はぁー、どうも驚いた~!」・・・

「あー、あー乾いてきた! おばあさんどうも有難とよ・・うー、大変なフナだなー、このフナどうしたんだい?」 『ん? これか? このフナは何だ、あのー・・つ、つ、釣り師に貰ったんだー!』 「こんなにかー?・・へへへっへっへ、おばあさん・・・置いてけ堀の主は・・婆さん、おめぇだろ? どうだ、図星だろ?」 『こりゃ驚いた~、こりゃ驚いただー! おめぇ岡っ引きが務まるぞおめぇ!』

(その4へ続く)




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