Nicotto Town



古今亭今助『置いてけ堀』その4

「何だってそんなー・・悪いいたずらしたんだい?」 『いやいたずらするつもりは無かったんだがなー、え、釣り師が来て水を一杯飲ましてくれとかお茶を御馳走してくれとか言いながら、幾ら鮒釣ったって半分置いてくもんなんてぇ奴は一人も居ねぇ、“ここらの奴はしみったれだ、ケチだしみったれだ、たまにはこの婆のとこへ置いてけ!”っと俺が愚痴をこぼしたらな、その“置いてけ”ってとこだけがこの下水口から伝わってあの堀で聞こえたらしいんだ。そんなことは知らねぇー、後おいらが通り掛かると魚篭が放り出してあるから家へ持ってきてなー、竹の串へ刺して焼いて天井にみんな刺しといたんだ。 それから面白くなってな、釣り師が帰り支度始めると、“置いてけ、置いてけ!”てぇと、“そら来た!!”てんで逃げだしちゃう、あははははは・・・2、3度やってるうちに釣り師がぱったり来なくなっちゃった。』

「その代りに捨て猫が多くなったって、こういう訳か?」 『そうなんだ、あーもう食いもんねぇから内の周りをぐるぐる廻ってなー、ニャンニャンニャンニャン言ってうるさくてしょうがねぇー。 餌をやってたらなー、そのうちに5匹だ10匹だ15匹だ、もうそうなったら堪らねぇー、あー中には何だその古猫の、化け猫がな・・“猫じゃ、猫じゃ”何か踊り出して、おらぁ薄気味悪くてしょうがねぇから駕籠を持ってきて駕籠ん中へみんな入れてな、今度は、“持ってけ、持ってけ!”ったら、えー、おめぇの友達がみんな担いでってくれたなー、有りがとよ!』

「んー、あの野郎はあめーからなー、てっきり堀の主が居るもんだと思って、今頃は近所中へ、何だぁその言い触らしてるだろうと思うんだ。 もうこんないたずらは止した方がいいぜー!」 『あー、おらぁもうやらねぇよ、おめぇもこのことは誰にも言わねぇで内緒にしていてくんなな?』 「あー、おらー口が堅ぇからそんな事誰にも言う気遣いはねーが、えー・・」

『あの男は大丈夫かな?』 「あーありゃ大丈夫だ、甘ちゃんだから、あー・・本とに主が居ると思ってんだから、あー。 言い触らしときゃ大丈夫だ、あー!・・んー、こんな淋しいとこに・・ばあさんたった一人か? 倅か娘は居ねぇのか?」 『あー倅が一人あるよ、四つ目辺で何だぁ建具屋してらぁー。』 「四つ目の建具屋? それじゃあおめぇ、六さんじゃねぇか?」

『ああ、名めぇは六蔵てぇよ!』 「ふ~ん! おりゃでぇく(大工)の留ってんだがなー、帳場書きで六さんとは時々おりゃ一緒になるんだが、あー、旦那方の評判いいぜー。」 『そうかい、えー、いい腕だろう! おいらの腹からあんないい腕の建具屋が出来たと思うとなー、おいら嬉しくて嬉しくてな!』

「何だってそんな可愛い倅と一緒に居ねぇんだ?」 『おめぇのようにな、あー女に捨てられて身を投げる人間とは訳が違って・・』 「おりゃ身を投げたんじゃねぇよおりゃあ・・落っこったんだとそう言ってるじゃねぇか!」 『どっち道あんまり女にもてる顔じゃねぇおめぇの顔なんざ! それに対して内の倅はあの通り器量よし、その上腕はいいしな、あーもう近所の娘っ子共が、なんだー、あーやいのやいのでもって袖を引っ張られるんでな、おいらはそのほころびを縫うんでホトホトしちゃった。 いい加減に嫁を貰ったらいいだろ、女房貰ったらいいだろったら、本所小町てぇ娘が嫁に来てくれたんだよ!』

「んん、その娘は器量がいいけどめっぽう血気が強くって、それでお婆さん、おめぇはとうとう追い出された、こういう寸法か?」 『何を言ってやがるんだい! 嫁を貰えばなー、舅なんか傍に居ない方がいいや! 倅の為にも、おいらの為にも、両為だ! そいで隠居所建てて貰っておりゃ隠居したんだ!』

「隠居所? 何処に隠居所建てて貰ったんだ?」 『この隠居所が目にへぇらねぇのか?』 「えー? このあばら家かー? これがー・・隠居所か?」 『あーおめぇの目から見たらなー、あばら家に見ぇるかも知れねぇけど、おいらの目から見たらお数寄屋風のな乙な家だ。 柱なんかみな丸もんだー!』 「へ~、成程なー、物は思いようだなー、この家が乙な家かなー、ふ~ん?」

(その5へ続く)




Copyright © 2024 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.