Nicotto Town



寺内タケシ氏の功績とは



日本エレキ界の頂点に君臨していた寺内タケシ氏が逝去。
還暦以上のギター弾きはみな黙祷、合掌をお願いいたします。
寺内氏の最大の功績は、日本でエレキギターに市民権を与えたことです。

60年代末~70年代初頭には、ベンチャーズやGSと同様に、
ブルージーンズの音楽も古臭く野暮ったいものに思われ始めていた。
クラシック・三味線・日本の民謡を題材にしたインストですからねぇ。

すぐ名前の挙がる『津軽じょんがら節』と『運命』のアレンジカバー、
確かに凄い技術です、音のデカさも分かります。でも……なんかねぇ。
長髪無精髭にグラサンとベルボトムというロックからは遠く見えた。

でもまだエレキなる邪道楽器は不良的なものだという決めつけもあった。
学校ではエレキ禁止というのが不文律だった時代です(バイクも同様ね)。
フォークギターは許可されてたがエレキギターはアウト。調査もあったなぁ。

寺内タケシとブルージーンズは精力的な活動のかたわら、
全国の学校を訪れ、エレキってものは素晴らしい「楽器」だということを、
学生のみならず教師・文部省に伝える努力を欠かしませんでした。

70年代半ばくらいからエレキへの決めつけが緩和され、
高校通うころにはエレキも黙認され文化祭でも使えるようになってた。
これは間違いなく寺内氏(加山雄三やGS第一世代も)の功績なのでした。

「エレキギター買う」という行動が『グレる』ことと同義だったなんて、
冗談みたいな話ですね。私だってその世代だから正しくステップアップした。
まずクラシックギター、次にフォークギター、エレキはその後という手順があった。

良家の子女がエレキ買っても別に叱られはしないでしょ、現在。
寺内タケシ御大のおかげなんです。エレキミュージック聴くのも同様。
中流家庭のステレオでテケテケかけるなんてありえなかったのよ、半世紀前は。

ジャズ、ロック、ポップス問わず、日本中の現役ギタリストが追悼するでしょう。
ジャズ界だとルイアームストロングに匹敵するポジションにいた方なのです。
渡辺香津美もチャーも松本孝弘もMIYABIも、最大のリスペクトを捧げる偉人です。

……と書いたものの、アタシゃレコードもCDも全く持ってない。
一言でいえば「好みじゃない」ということになる。困ったもんです。
ハマの人間はしょっちゅうブルージーンズのツアートラックを目にしたなぁ。

完璧に戦前のテキヤ・興行文化・徒弟制度を守り続けた方なんですよ。
ジャズ界でもジョージ川口氏とか似たポジションだったけど、
ジャズ屋は洒落っ気もあるし、垢抜けてるし遊びゴコロもあった。

ブルージーンズのボーヤ経験者から聞いた話ってのは、ほぼ極道の話なんすよ。
寺内氏がヤクザだというのではなく、あり方ややりようが全て本筋の方々と同じ。
世代的にしょうがないんでしょうけどね。アタシゃそれがどうにも……。

ハイ、未だに音楽界はそういうシステムなのも存じておりますです。
見込みある中卒の腕白が事務所の電話番から始め、上納金納め、
苦労してシノギ見つけて兄貴分にカスリとられ、バッジ貰うまで数年……。

某巨大アイドルグループのシステムが大嫌いなのも似た理由です。
極道のイディオムをセルフマネジメントとプロマネやキャリア形成に置き換え、
客に『見える化』したものが今主流のアイドルですよね。私には不愉快千万。

寺内氏の音楽にある、そうした部分がどうにも苦手なんです。
追悼にならないな……クダランマニア話をひとつだけ。
御大は0フレットのあるギターしか認めなかった。理由が面白い。

ネックの端、0フレット位置に耳を近づけたとき聴こえる音こそが、
御大にとって「ギター」の音なのだという発言を何度もしています。
これは非常に面白い。なぜ寺内タケシは電化したのかの答えでもある。

どんなに馬鹿デカい音でも、御大の音色はまっとうな電気ギターの音。
似た音色の人っていうと、田端義夫あたりが思い浮かびます。
この音色を創り出すためにエレキを発明したんです。レス・ポール同様に。

歪ませるためじゃなく。デカいクリアな音を出すために電化したのが
寺内タケシのギターサウンドであって、エフェクトには殆ど依存しない。
リバーブとトレモロくらいです。エレキインストの王道ですね。

ギターを一種の発振器と考え音色を作る現代プレイヤーとは全く違う。
ご母堂の三味線の音色を生涯目標になさってたんでしょうなぁ。
いずれにしろ日本エレキ界最高峰の偉人でした。今一度、合掌し瞑目。









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