Nicotto Town



1.17

1.17。

今年もこの日が来ましたね。。
言わずと知れた阪神大震災の発生した日です。

ちなみにこの辺に住んでました。
http://kobe117shinsai.jp/area/higashinada/a072.php

昔からある木造の建物が多く、建物の倒壊率は半端じゃなかったです。。。


というわけで、当時のことを思い出しながら震災1日目の日記を。



1月17日 05:45。
突然の衝撃で目が覚めた。
「え?なになに?(((゚◇゚; );゚◇゚)))」
半分寝ぼけているし、しばらく何が起こっているかわかりませんでした。

少しして、隣の部屋から父の声が。
「地震だ!!」
はっ、これ地震!?
やばい、に、逃げなきゃ・・・
と思うも、揺れが激しいのと、恐怖で身体がすくんで起き上がることも出来ませんでした。

ようやく、動き出したのが揺れが収まってから。

避難訓練で、
「あわてずに落ち着いて行動しましょう。」
とか言われますけど、落ち着いて行動できるのは中規模までの地震だと思いました・・・

急いで避難しないと!
と思いながら、ひげを剃って、服を着替えて、暖かい格好で外へ。



全然、急いでませんねorz
気が動転してて、いつものように身支度して外に出ました・・・

外に出てみると、目の前にあった家が倒壊していました。。
「家族がまだ中に残っているんです、だれか助けてください!!」
と悲痛な叫び声。
ここで、どれほどのことが起こっているかを痛感しました。


わたしが、住んでいたのはアパートの2階。
とりあえず、外に避難しようと、アパートの外側についている階段へ。



あれ、階段がない!?
崩れ落ちて階段がなくなってました。

たしかに以前から、ひびが入っていたりしていた階段だったので、
地震が来たらひとたまりもないだろうなぁとは思ってました・・・
これで、よくアパート自体は壊れずに残ったなぁと。


暗闇の中でしばらくどうしようかと悩んでいましたが、良く目を凝らしてみると、
すぐ目の前に地面が。
「あっ、よかった、これなら降りられる!」
と、ちょっと飛んで下に下りました。



「あれ?なんで、2Fにいるのに、目の前に道路が??」
と思って、後ろを振り返ってみると・・・
1Fがなくなっていました。

1Fを押しつぶす形で、2Fが下に落ちていました。
目が覚めたときの衝撃は、2Fが落ちたときの衝撃だったのかもしれません。

「よかった2Fに住んでて・・・」
と思いながら近くの空き地にとりあえず避難。

大勢の人たちが着の身着のまま非難してきていました。
そこにいた知り合いが、服を着替えて避難してきたわたしを見て、
「あら、着替えまでしてマコトさんは冷静ですね」
といいましたが、
「冷静じゃないから身支度までして出てきてるんですけどね・・・」
と思いました^^;


しばらくは空き地で何も出来ず、ぼーっとしてました。
日が昇るにつれ、徐々に周りの様子が鮮明に。



わたしのアパートがあった1ブロック、
道路沿いにあった建物はすべて半壊もしくは全壊状態でした。
角にあった建物が崩壊して道をふさいでしまっており、
そのブロックから簡単には外に出ることが出来ない状態でした。

そのため、目の前に見えている、建物がすべて倒壊している光景が神戸のすべて。
「もう神戸はなくなってしったのか・・・?」
そんな思いすらありました・・・


そうは言っても少しづつ、状況を把握し、やらないといけないことも明らかに。

住んでいたアパート、1Fはつぶされた状態。
当然、1Fにも人は住んでいるわけで・・・
状況から見て、救急車や、消防車などがすぐに来てくれる可能性は0。
自分たちで何とかするしかありません。
近所の人たちと一緒に崩れかけたアパートに戻り、救出作業に。

「おーい、大丈夫か!!」
アパートの2Fから、端から順番に声をかけていきます。

1Fからかすかに返ってくる人の声が。
生きてる!!
外から見ると完全につぶされているようにも見えましたが、まだ隙間も残っていたようです。

そこから、人力で救出作業開始。
まずは2Fの畳をひっぺがえし、床をはがしていきます。
途中にある梁などはのこぎりで切りながら徐々に掘り下げていきます。

その下は、壊れた床や、倒れた壁、家具などが散乱している状態。
声を頼りに、ものをどかしながらの救出作業。

途中、何度も、余震もあり、アパートが全壊するんじゃないかと、
びくびくしながらでしたが・・・

でも、そんな中、怪我はしていたものの、
何とか4人の方を救出することが出来ました!


最初は、「人力で何とかできる状態じゃない・・・」
と思いましたが、人の力ってすごいなぁと思いました!


そんな感じで、気が付けばもう夕方。
いまさら避難所に行くことも難しかったので、1日目は、空き地で1夜を過ごしました。
1.17なので真冬の寒さの中、焚き火に当たりながらの野宿。

今考えるとめっちゃ寒かったはずですが、そのときは寒いとも思いませんでした。
何かすべての感覚が麻痺していたような気がします。
なので1日目は夜まで何も飲まず食わずでしたが、特に気になりませんでした。

でも、夜に焚き火で焼いた餅を頂いたときは、
ほんと美味しかったのは覚えています。



そんな震災1日目。

もう21年も経ちますが、結構覚えているものですね・・・
あのときの光景は、一生忘れることはない気がします。

もう大きな地震が起こりませんように・・・・

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2016/01/19 22:40
>ひるかさん
あのときは、関西はどこも大変でしたからね・・・
みんなで協力し合って、助け合うことが出来たのが、
不幸中の幸いでした!
南海トラフ地震。。。来ないといいのですけどね><
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2016/01/19 08:28
大変だったんですね・・・
1Fの人達が助かって何よりでした
寒さも感じないほどの麻痺した状態・・・
怖いですね・・・
中部に住んでいるので、いつか来るといわれてる地震のことを考えてしまいます
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2016/01/18 22:19
>Mistyさん
起きてたんですねw
旦那さんは、がんばってみんなを守らないとね^^;
女装はOKですか!
PCの前でしててもOKですよね!

>ゆきのさん
今、考えると寒さは大変だったはずですね・・・
当時は寒さより、目の前の現実のほうが怖くて><
2000年だと、まだまだ復興途中ですね・・・
テレビでは分からない現実もありましたからね^^;

>つむぎくん
21年って早いものですね~
まだまだ、記憶に鮮明に残っています。
みんなが手を取り合って、乗り越えようとしていましたからね!
自分が出来ることを、みんなしていました^^
寒さとか、痛みとかは、麻痺していた気がします^^;
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2016/01/18 15:34
もう21年も経ったのですね。
今でも、鮮明に覚えているあの日の出来事でした。

マコトさんはちゃんと、すべきことをして、人の命を救って
現実と向き合っていたのですね。

素晴らしいことだと思いマス。

寒い中、素手での作業は痛かったでしょう。
でも、そんなことも気にしていられない状況だったのでしょうね。
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2016/01/18 08:16
この寒い中での避難生活は本当に大変だったと思います。
ご自分も大変な中でのたくさんの方の初期救助により多くの命が救われたのでしょうね。

2000年から2年半大阪で過ごしましたが、ところどころで震災の爪痕を感じて心が痛みました。
もう2度とあのような大地震がないことを祈ります。
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2016/01/18 03:46
いーーーえ!
ヤツら、起きてたんですよ!布団の中で!
ゆれが収まるのを待ってたんですよ!!!
一生、そのまま布団に入ってろ! と思いました。

アータはいいのよw 女装でww
だって、既にワタクシの中では、可愛い女の子ですから♪
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2016/01/17 21:06
>Mistyさん
大阪も揺れは大きかったようですからね!
神戸も、大阪も、怖かったことに違いはないです><
次女さんと、旦那さんは寝てたんですね・・・
朝起こしてもなかなかおきいないってことですね?(´・ω・`)

まあ、そんな日記を、女装して書いてるのはわたしなので(/-\)

>のんたんさん
('-'*)(,_,*)('-'*)(,_,*) ウンウン
次の世代に記憶を、記録を引き継いでいくのは大事ですね!
地震は縦揺れでしたもんね・・・
今まで経験のしたことがないゆれで怖かったです><
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2016/01/17 19:54
21年も経過しても風化はしないように祈りましょう。

大阪も下からドンと突き上げ横にグラ~って、怖かった記憶があります。
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2016/01/17 17:03
ごめん・・・・
あの日のことをコメントするのに、
おもち、頭に乗っけてるべきじゃありませんでした。
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2016/01/17 17:00
あの日はねぇ・・・・
思い出すだけでも胸が痛みます。
こちらの揺れは神戸に比べりゃ、数字的には軽いものでしたが
それでも、この私でさぇ、生まれて初めての揺れ。
起きていた長女と、叫びながら
腕にしがみつき合ってしゃがみこみました!

亭主と次女は、ず~~~~~っと布団の中。
娘はともかく、亭主には「そのまま息絶えろ」と思いましたね、ええ。
何度も繰り返す余震にビクつきながら
娘らのお弁当を作りましたw。(何かんがえてんだかw)

あの日、人生観、変わりました。
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