Nicotto Town



もうひとつの夏へ 【1】

その日は朝からやけに蝉がうるさかった。

今思えばあれが虫の知らせって奴だったのかも知れない。

毎晩の暑さにうなされ、今夜もようやくうとうとし掛けた時に、不意に電話が鳴った。

「こんな時間になんだよ ん? 見たことのない番号だな」

ディスプレイに表示された数字の羅列に覚えはなかった。 

普段なら出たりはしないのだが、なんとなく通話ボタンを押してしまった。

「もしもし」

聞こえてきたのは、女性の声だった。 聞き覚えはない 誰だろう?

「もしもし」

努めて冷静な声を出す。 相手の出方をじっと伺った。

少しの沈黙、しびれを切らしたのか女性は声を上げた。

「起きてるの?恭介さん」

はっとした…。 そして浮かぶ無数のハテナマーク。

相手は僕のことを知っているのか?

「えーと、どちら様でしょうか?」

情けないくらいの低姿勢で、聞き返してしまう。

それは眠さのせいだったと今は信じたい。

「私です、優です」

記憶を遡ってみる。ああ! 高校時代の同級生か、なんでまた?

「ああ、6年ぶりくらいか? 珍しいな」

電話の主が判り、ほっとしたのか少し饒舌に言葉が出てくる。

「恭介さん、落ち着いて聞いてね」

「ああ」

「雪美が亡くなったわ…」


え? 


そこからの先のことは余り覚えていない。


雪美が死んだ? どうして? 雪美ってあの雪美? え?……




雪美と出会ったのは中1の放課後、ビルが赤く染まり始める街だった。

僕が余程つまらなそうに立っていたのか、彼女が声を掛けてきたのだ。

「よ!同じ学校だね」…制服を見れば判る。

「何年生?」そんなたわいもないことから話は始まった。

話していくと彼女は

「今、ちょっと好きになったかも」

「今のはポイント高いなぁ~」

などと値踏みでもするように相槌を打ち、

最後には

「彼女いるの?」

「いやいないな」

「じゃあなってあげるよ」

「はぁ?」

「冗談♪」

本当に冗談だったのか、あるいは本気だったのか、今ではわからない。

その後、大富豪ビルの上での奇跡的な時間の共有を経て

いつの間にか付き合うようになっていた。

もっとも、その頃には、僕の方がすっかり彼女に参っていたから、願ったりだった。

それからはお互いのことを呆れるくらい長い時間語り合った。

その中には彼女の両親が不仲であること。

僕がもしかしたら転校する事なども含まれていた。

そして、運命のあの夏がやってくる…。

高三の夏、僕らは決意をした。

雪美の両親の不仲は限界に達していた。いつ離婚になってもおかしくないのだという。

また僕も、父親の仕事の都合で2学期からは、別の高校に通うことが決まっていた。

離れ離れになってしまう、そのことは、2人にとって耐えられるものではなかった。

「2人で暮らそう」

そんな夢みたいなことを、本気でやろうとするくらいには、若かったのだろう。

それから2人で、夏休みの間中バイトをしてお金を貯めた。

3つも4つもバイトを掛け持ちしがむしゃらに働くと、

それなりのまとまったお金にはなった。

そして31日。二人は駆け落ちをすることにした。

待ち合わせは@ニフィティ駅

行先も決めず、そこから2人は旅立つはずだった……。

何度も時計を眺めた。

1時間過ぎ2時間が過ぎた。

しかし雪美は現れなかった。

「結局は僕の独りよがりか」

家に戻り、そのまま彼女に会うこともないまま転校した。

その後、彼女の話を聞くことのないまま過ごしてきたのだが

偶然にも2年前、再びこの街に戻ってきた。
 
風の噂で、雪美が2度目の結婚をしたと聞いた。

それほど広い街ではない。

もしかしたらすれ違ってはいたのかもしれない。

けれど、僕が雪美に、雪美が僕に気づくことはなかった。




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