Nicotto Town



星を盗む男 (2)

ギィーーーー

少し間抜けな音を立てて扉は開いていった。

するとすぐに、独特の匂いが鼻をついた。

アトリエ特有の匂いだ。ただし眼前に広がる光景は異彩を放っていた。

麻布のキャンバス・揮発性精油・乾燥剤・ブロック社の木枠・岩絵の具に和紙の切れ端…。

さらには顔料をそぎ落とされた古めかしい絵の数々。

辺りに乱雑に置かれた品々は、ここがただのアトリエではなく

贋作工房であることを納得させるだけの説得力を持っていた。

あまりの乱雑さに不意に学生の頃の記憶が蘇ってきた。

「片付けながらやれ、自分の周囲が汚いと絵も綺麗にならないぞ」

美術教師お得意のお説教だった。

「…あれはウソだったのか?」

なぜならここにある絵はどれも素晴らしい出来の様に思えたからだ。

ミッション成功の喜びを噛み締めつつも、工房内を少し探索してみることにした。

ここがヴァルハラの贋作工房であるという決定的な証拠が欲しかったからだ。



(……しかし妙だな)

この工房を見れば見るほど、ちらちらと疑念がよぎる。

何が妙なのか、自分でも良くわからなかったが

喉元に何かが引っかかっているような感覚があった。

違和感の正体を確かめるべく

走り書きのようなラベルのビンの中身を確かめ

キャンバスを出しては眺めてみたが

結局、違和感が埋まることはなかった。

そんな最中、真新しいスーツケースを見つけた。

机の上に持って行き確認してみると、立派な銀色のジュラルミンケースだった。

ほこりや汚れがないところを見ると置かれたのは、ごく最近なのだろう。

これを見つけた瞬間に、違和感はどこかに吹き飛んでしまったようだ。

俺の興味は、すでにこのスーツケースの中身へと移っていた。

吸い寄せられるように工具は鍵穴へと向かい、指先は苦もなく鍵を外して見せた。

(カチャリ)

机の上のスーツケースが抵抗を止めた音が、乾いた室内に木霊した。

「……なんだこれ?」

てっきり画材でも出てくるかと思った予想は、易々と裏切られた。

中にはぎっしりと詰め込まれた札束が、行儀良く並んでいたのだ。

「おいおい…これ本物か?」

絵の贋作とは聞いていたが、贋札も扱ってるのだろうか?

気を静めるため一呼吸置いてから、ペンライトを持ち出し透かしを確認した。

星型の透かし、間違いない本物のスターダラー札だ。

その後は札の通し番号を確認した。

2つのチェックが指し示した真実…。 それは、Truth、本物。

何故こんなところに、億を超えるような金が無造作に置かれている?

贋作の代金なのだろうか?

それともここで組織の金のやりとりが日常的に行われているのか?

考えても仕方のないことだったが、

どうしても思考はそちらへ向かってしまう。

そのためだろうか、ゆっくりと近づく足音を聞き落としていた。



不意に工房の臭いを切り裂くように鼻腔に刺さるシトラスの香り。

そして間髪置かずに鳴らされたノック音。

驚いて体が少し硬直した。

ドアの人物は少なくとも味方ではない。

いや九分九厘、敵だろうな。

ゆっくりと振り返りドアに立つ人物を見て再び驚いた。

なぜならそこに立っていたのは、この場所には不釣合いな女性だったからだ。






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