Nicotto Town



初夢の続きは (7)

見えない明日と、

思い出せない昨日

2つはとても良く似ている

まるで違った物なのに

本人だけが気付かない

そんなもどかしさは

やがて行き場を失って

空から落ちて来る雨に良く似ている

そして冷たく頬を濡らす雨は、

忘れた涙へと続く鍵穴…




『初夢の続きは』 scene7 『記憶』



先ほどまで降っていた雨は、いつの間にか上がっていた。

悟は水滴の残るガラス窓の向こうの世界を眺めていた。

それは、しっとりと美しく広がる雨上がりの街の景色だった。

窓辺に立つ悟は、この光景を見ながら思いがけない言葉を口にしていた。

「懐かしいな…」

(ん? …まてよ懐かしい?)

悟は自分の発した言葉に違和感を感じた。

松梨の家に来たのは、これが初めてのはずだ。

なのに懐かしい? ならデジャブなのか?

いや、そうではない気がする。 

記憶の糸がぐいぐい引き寄せられるこの感じ。

悟は確信に近いものを感じていた。

「…そうだ。 俺は、この光景をどこかで見たことがある」

悟は窓際を背に廊下へ座り込んで目を閉じ、

薄れ掛けていた遠い記憶の糸を手繰り寄せていた。

いつのことだろうか? はっきりとは思い出せない。

覚えているのは…。



ある夜、雨に起こされた悟はベッドから抜け出し窓の外を覗こうとした。

雨音がやけにうるさかったから、どんなふうに雨が降っていたのか見たかったのだ。

悟は外気との温度差で曇ったガラス窓を手のひらで乱雑に拭くと、

窓枠に掴まり背伸びをして外の世界を眺めた。

そうして見えたのは、紫の夜空と星の群れのような街の夜景だった。

その時、悟は、この街の宝物を見つけたような気分になった。

悟は、この光景を誰かに見せたくて夢中でドアを開けた。

あの光景を見せたかったのは誰だったのだろうか?

その後一緒に、この光景を眺めたのだろうか?

どうしても、その先は思い出すことができなかった。

だが記憶の中の紫の夜空と星の群れのような夜景は、

さっき見た窓の向こうの光景と同じだったような気がした。




(キィ~~)

目の前のドアが静かに開き、中から松梨が出てきた。

「お! どう…」

悟が言いかけると松梨は唇に人差し指を立て、シィ~というゼスチャーをして見せた。

悟は無言でうなずき2人は共に階段を降りて1階のリビングへと向かった。

「よく家が判ったわね?」

ソファーに座るなり松梨は開口一番抑揚のない声で、そう言った。

「え?」

そう言われて悟はハッとした。

気がつくと松梨の家の前に居たわけだが、偶然とも言えなくはない。

別に松梨の家を目指していたわけでもないが、

なぜここに来たのかと言われれば答えようがなかった。

だがハンバーガーショップからここはかなりの近距離であり

チョイスとしては大正解だったといえるだろう。

悟は、ありのままを素直に言うことにした。

「ああ具合の悪い優を抱えたら、雨が降ってきてさ無我夢中で走ったらここに着いたんだよ。

 そしたらお前の後姿があって、なんにせよ助かった」

「ふぅ~ん」

さほど興味もなさそうに松梨は言った。

「それで優の具合は、どうなんだ?」

「うん。寝不足と疲労からきた夏風邪じゃないかしら? 今はよく寝てるわ」

「そっか、よかった! ホント助かった」

やや義務的な会話を交わすと、それきり悟は会話の機会を失った。

松梨も何を言うでもなく静かに時間は流れていった。

悟には振るべき話題も見つからず、空気は少し重苦しい物に変わりつつあった。

悟はそんな状況を打破すべく、先ほどの話題を振ることにした。

「そういえばさ、いきなり松梨の家を当てたのもすごいけど

 俺この窓からの風景にも見覚えあるんだよなぁ

 ひょっとして俺ここに来たの初めてじゃないかも?」

(「そんなこと、あるわけないじゃない! 初めてよ」)

そんな答えを期待しての振りだったが、松梨の答えは予想とは違っていた。

「そうね、初めてじゃないとも言えるし、初めてだとも言えるわね」

「え?」

悟は絶句した。

「それは一体どういうことだよ?」

松梨と初めて会ったのは中3だ。 

記憶の中の自分は明らかに子供目線だった。

ということは、子供時代に松梨と会っているってことか?

そんな記憶あるか? 

…いやない。

忘れてるだけってこともないよな? 

なにせ松梨は転校生。それ以前何処で何してたかなんて知る由もない。

じゃあ、どういうことだ? 

時の回廊を巡る永遠の謎賭け。

今の悟の気分はまさにソレだった。

その様子を見つめていた松梨はプッと吹き出して。

「冗談よ」

と、笑って見せた。

「おいおい」

悟の表情は安堵を含むものに変わり、心底ほっとしているようだった。

「優ちゃんのことは私に任せて もう遅いし、そろそろ帰ったら?」

時計を見ると、10時をすでに回っていた。

「ああ、そうだな」

随分と長居をしてしまったようだ。

家族にも連絡していないし、そろそろ帰るべきだろう。

「悪いな、じゃあよろしく頼むよ」

2人して玄関へ向かった。

「それじゃ、また明日学校でな」

「ええ、おやすみなさい」

「おやすみ~」

そうして悟が玄関のドアノブに手を掛けたときのことだった。

「悟君」

松梨が背中越しに声を掛けてきた。

そして間髪入れず二の句は告げられた。

「…夢からは、いつか覚めるものだよ」

その言葉に、悟の心臓はトクンと跳ねた…。

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2013/01/15 15:28
夢の中で夢を見てるのかしら?(・・。)ん?^^;



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