存在している・・・。
- カテゴリ:日記
- 2014/08/08 19:55:43
存在している。
存在している事は当たり前と勘違いしている。
今日、クレームを承った。
スキンシップが利用者と介護者の枠を超えている事。
誤解されて利用者の家族に伝わっている事。
少し悲しかった。
他人にはなかなか理解されないモノだ。それで、自分が他人のために何ができるか。
基本に戻って誠実にお付き合いしていくしかない。
ここで少し、介護のお話をする。
認知症の人との対応の仕方。
必ず正面か、相手の見える所から挨拶をする。
対等にお話をする。
今が滅茶苦茶でも、その人には歴史があり、その人の生きてきた背景が存在する。
認知症の人。ボクのデイサービスに来る人の9割が、認知症の人だ。間違いない。
この基本を忘れてしまっていると、クレームを受ける。
後ろから肩をポンポンと叩く事はすごく不快な事なのだ。
かつ、それが利用者の家族にはDV(ドメスティックバイオレンス)として伝わっている。
しかし、事実は気ごころの知れた利用者さんの肩をポンポンと叩いただけなのだ。
問題はその利用者さんにあるのではなく、それを見ている他の利用者さんにあるのだ。
驚く事に嫉妬されているのだ。何故、ワタシにはしてくれないのに、あの人には??
それが結果的に家族に伝わる時には「叩いている」という部分だけが強調されて伝わるのだ。
悲しい話だ。
それを自分で冷静に分析して納得している自分は何なのだ???というか、上司に言われた事をただ書いているだけなのかもしれない。
何のために生きているのか?
それでもボクはどの人間にも「聖なるもの」があると信じているし、ボクはそこへ戻る瞑想をただの一日も欠かした事は無い。
そう、ただの一日もだ。
それはボクの誇りであり、心の支え、魂の拠り所なのだ。
聖なるもの。
あえて、言葉にするなら
たましいのあらわれ
何故生きているのか?
自分の日常生活から・・・たましいのあらわれ
自分の本心を知るために。
本心とは?
心の底から自分のやりたい事を知るために。
たましいの喜ぶことに出会うために。
たましいが分からないという人もいるだろう。
命を感じることだ。
命を感じる。
それ以上でもそれ以下でもない。
あい
良かれと思ってしたことが伝わらなくて
悲しかったね
対等で話すことが良いことかわからない
敬意を持って接するとは違うのかな
その人の歩んできた人生を考えると
ぞんざいにはできないですよね
命を感じること
本当にそうだと思うよ
なにかいわれるときは、うらやましいときがおおいですね
それだけ、魅力的なんですよ。
だから、そのままでいてね^^
おやすみなさい