Nicotto Town


グイ・ネクストの日記帳


アレクスの名を受け継ぐ者


 「逃げろ!」

 頭の禿げたヅアルのおっさんは叫んでくれた。

 「そうだよ、こんなところでぐずぐずしている場合じゃない」と、チセも私の右手を掴んで決意を固めている。

 (でも・・・何?そんな緊急事態なの?私だけ時間が止まっているの?)

 「アルル!しっかりしてよ!」と、チセはなおも声をかけてくる。

 (チセのポニーテールはかわいい。ピンクの髪それもいい。)

 「大丈夫よ・・・あの竜は・・・ドラゴンとやらは私が倒すから」

 と、私は600メートル先まで町に近づいている四翼の黒い瘴気を纏ったドラゴンとやらを見つめた。

 (みんな必死で逃げている・・・。キャーうわぁーとか言ってバカみたい。チセが泣いている。アルルがおかしくなっちゃった――って。泣かないでチセ。あれぐらいのドラゴンなら私倒せるから)

 「おい、アルル。お前状況わかっているのか。あれは四翼の黒い瘴気を纏った古代竜なんだぞ。物理攻撃は効かねえ!それに説明しただろ?この世界は量よりも質なんだ。万の兵士がたった一人の化け物にやられる!そんな理不尽な世界なんだぞ」

 「そうよ、アルル。あたしたち召喚者<サモナー>になったばかりでまだ火と水の下級精霊しか召喚できないのに何言ってんのよ。しっかりしてよ、アルルーー」と、チセはまだわめている。ヅアルのおっさんもだ。

 (ごめん、チセ。アスラにコレルの精霊はもうだいぶ前に契約済みなの・・・あなたに合わせて契約するフリをしただけなの・・・)

 「杖よ」と、私は杖を召喚した。その先端は金色の球体で赤いルビーのような宝石が衛星のように九つ周回している。金色の球体の下に黒曜石の棒がくっついていて、手を握る部分には黒い翼が二つあって、その翼の上を握れるようになっている。

 周囲のざわめきも消えた。ウソのように。

 ひそひそ声がする。

 (小さな声で話しても聴こえているわよ)

「ねえ、あれって海王の杖じゃない?」「うん、見た事ある。たしか国立記念魔術美術館で模型を目に穴ができるぐらい見たから間違いないわ」

「あれを持つ者はたしか・・・。いやでもそんな事って・・・」


 (だから見せたくなかったのよ。杖の方が私よりも有名ってどうなの?)

 「・・・アルル。ねえ、ホントにアルルだよね。火の精霊アスラと水の精霊コレルを一緒に契約して初心者召喚者になったばかりの・・・」と、チセは意味不明な質問をしてくる。

 「なあ、アルル。お前・・・どうしてそれ持っているの?っていうか今、召喚したよな。何?お前ってもしかして伝説級の召喚者なの?」と、ヅアルのおっさんはしごく当然の事を聞いてくる。

 「召喚者・・・それだったらこんなに落ち着いていないわよ。まあ、ちょっと見ていて」と、私はごく自然当たり前に風の上位精霊ジンを呼び出して四翼の黒竜と同じ高さまで浮かぶ。

 (距離はざっと400メートル。奴の攻撃範囲は200メートル。はぐれ古竜だわ・・・名前を持たない。取り敢えず離れてもらおうかしら)

 「我が名はアレクス。アルル・アレクス・グラシャラボラス。我が名において依頼する。上位精霊ジンよ、はぐれ古竜を追い返せ」と、海王の杖を四翼の黒竜に向けた。

 体長25メートルはある黒い瘴気を纏うトカゲ顔のドラゴンは竜巻に巻き込まれて後退していく。距離は5キロってところか。あそこまで後退させれば十分だろう。

 「さて。」と、私は転移石を放り投げて、四翼の黒竜の前へ瞬間移動した。

 (転移石とは自分の知っている存在のある場所へ一瞬で移動させてくれる優れた使い捨てタイプの石だ。って誰に説明しているんだか。さて、目の前で見てもたいした事ないな。まずは瘴気を剥がして・・・)

 「上位精霊ウィルオーウィスプよ」と、光の精霊の力で瘴気を剥がした。(これが名前持ちなら光の神アポロンなどの力をお借りするところだ。まあ、はぐれ古竜だからな)と、私は自分に言い聞かせる。

 (それでも油断はできない相手だ)はぐれ古竜の竜爪(りゅうそう)が私を襲う。

上位精霊ジンの働きかけで軌道は私を自然にずれていく。そう、ずれていくのだ。

 (四翼の黒竜は動きを止めた。仕留めた。そう、感じている事だろう。私が脆弱過ぎて感触すら楽しめなかったと。だが、それは間違い。)

「喰らうぞ、レヴァイアサン!」と、杖は体長120メートルを超える巨大な蛇を呼び出す。海の王者レヴァイアサンを。嫉妬の悪魔を。そう、私自身の化身を。

 自分の五倍はある化け物に見つめられたら動きを止めるのだろうか。四翼の黒竜は口をポカンと開けたように上を向いたまま止まった。

 私は喰らった。一飲みだ。

 私はもう一つ転移石を投げて町の・・・チセのいるところまで戻る。

 「アルル・・・嘘つき」と、チセは言ってくる。

 「すまない、チセ。本名を語ろう。アルル・アレクス・グラシャラボラスだ。よろしく頼む」と、私は頭を下げた。

 「ははは、アレクスだと。グラシャラボラスだと。その二つを名前に持つだと・・・あんたは。あなた様は一体?」と、ヅアルのおっさんはうろたえる。

 「私は私だ。チセとはこの町で一緒に初心者召喚者をやっているアルルさ」

 「むぅーアルルがそういうなら。でも上級の召喚術もちゃんと教えてね」と、チセは言ってくる。

 「チセ、召喚術は何かと代償に交換しなければ・・・」

 「そういうアルルは何と交換したの?」

 「うん?私か。私は自分の過去の記憶全てと」

 「え?」

 「ちょいまち。あんたそれ、別人として生きるって事ですがな」と、ヅアルのおっさんは鋭い。

 「それしか生き残る手段が無かっただけさ。仕方無くだ」

 「そう・・・なんだ。アルルの昔の記憶思い出せたらいいね」と、チセは困った顔する。

 「チセ。もう戻らない。それが取引だから。私はレヴァイアサンと不死鳥フェニックス、あと風、光の上位精霊。それが私の代償の結果」

 「ですが、あんたはん。それだとアレクスの名前が説明つきませんがな。」

 「それは過去の私と何か関係があるのだろう。しかし過去の記憶が無い私には分からない」と、私は首を振った。

 「お腹すいた」と、チセは言う。

 「そうだね、チセ。私はデザートが欲しいところだよ」

 そう言って私たちは食堂へ向かった。周囲から奇異の目で見られながら。

 完。

 続きません。

アバター
2016/07/05 20:30
出先から拝見いたしました。
足跡だけですみませんでした。

アレクス、あの悪魔のような天使のような不思議な人物は、
どこにでも、誰に胸にもいるんだなあと思うだけで、
とても幸せでした。

リルルさんのアレクスが読めて眼福でありました。
ありがとう。
アバター
2016/07/04 20:45
続きませんが・・・過去編は書きます。何故、アレクスの名を受け継いでいるのか。

いや、書けたらって事にしときます。

この物語は黒蜜さんの物語から着想を頂きました。黒蜜さんの物語からどうしてこんな物語をって思うかもしれませんが。その辺はご愛嬌という事で。お願いします



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