……それでも、その後しばらくは何事もない平穏な日々だった。
例え、それが見せかけであっても。刑務庁メンバーが寝る間も惜しんで奔走していたとしても。

「そういえばジュエって、最初はシュピールツォイクって名前じゃなかったかな」
「殿下が最初に付けて下さった名はそうです」
「シュピールツォイクって、長くて呼びにくい名前だよねぇ」
「ジュエに改名しろとおっしゃった時も、確かそのようなことを言ってましたよね～？」
「また変える？」
「今度の改名理由は何ですか」
「暇だから、かな」

暇じゃない！！！ と側近たちが揃いも揃って心のなかでツッコミを入れたとしても、
殿下は、そんな他愛もない言葉遊びに興じ、晴やかな顔を見せていた。

ことが起こるまで。

「視察は久しぶりだな」
「そういえば、ずっと王宮での執務ばかりでしたよねー」

ノンキな会話をする殿下とジュエをよそに、側近は神経を張りつめ、近衛はひたすら周囲を警戒していた。
殿下を王宮に、それも上階だけに閉じ込めておけるなら、
ぜひともそうしたいと、殿下とジュエ以外は皆、思っていただろう…
不審なものも、不安なものも、全てを遠ざけて。

「そういえば、ジュエの…」

雑談の延長線上ともいうべき会話の途中、新たな話題を思いついたといったように
殿下が、ジュエのほうを振り向いた時だった。

ジュエは殿下の腹に銃床を押し当て、思いきり殿下を弾き飛ばす。
別の近衛が慌てて殿下の背を受け止めた。

「ジュエ？」
「腐蝕性の毒だと思われます。私に近づかないでください」

その口調はいつもの通りの平静なものであったが、ジュエの左脇腹に華奢なナイフが突き刺さり、
そこから周囲が腐り始めていた。服も、肉も……。
それを見て、近衛の幾人かが、殿下の身をジュエから遠ざける。

「ジュ…エ……」

殿下の声が震えていた。
その声が届いたのか、ジュエは顔を上げ殿下を見つめて、微笑みを浮かべる。
見慣れたはずの側近の目にも、ジュエはこんなにも美しかったか、と思わせるほどの鮮やかな笑みだった。

ジュエは、そのままゆっくり、地に伏した。

「ジュエ…」

倒れたまま、徐々に朽ちていくジュエを見つめ、殿下は立ち尽くす。
ジュエを刺したものを拘束し、さらに警戒を深めるなど周囲は混迷を極めていたが、
殿下だけは、その喧騒の外にいるかのように、まるで別の世界にいるかのように、怖ろしく静かだ。

「ジュエ、おまえは私の身を護ったけれど…」

何らかの感情を顔に表すでなくで、声を荒げるでなく、怒りを凍気に変えてまとうでなく、

（どうせなら心まで護って欲しかったな。こんな寂しい別れ方って…ないだろう）

ただ、朽ちていくジュエを見つめ続けていた。

……時に、魔界は、第41世サタン大魔王陛下の御代であった。

天から堕とされた最初のサタンとともに、天に反旗を翻した大悪魔たちは眠りにつき、
不遜で虚栄の悪魔たちが貴族を名乗り特権をひけらかす、そんな世……。

その魔界に実力主義に導入し、平民であっても能力に優れた者には重要ポストを与え、
貴族であっても能力に欠ける者は容赦なく追い落とすなど、
第41代大魔王陛下は大改革を敢行していた。

貴族たちの反発は大きく、なかには大魔王陛下に対し反旗を翻すもの、
後に第42世大魔王となる皇太子デミアン殿下に害をなそうとするものも少なくなかったという。

「殿下、長く休暇を頂きましたが、近衛シュピールツォイク、本日より復帰します」
「……おまえ、やっぱり呆れるほど丈夫だよね」

ジュエ亡き後、殿下は再び下層で孤児を拾いシュピールツォイクと名を付けた。
その孤児もまた、ジュエと同様、武芸に秀で、魔界では極めて珍しい治癒の魔力を持ち、
そして、己れの命まで安易に使う危うさを持っていた。

「治癒の魔力はマジで便利です」
「私が怪我をしたら、おまえに治してもらおうかな」
「ああ、それなら傷跡ひとつ残さず、完璧に治してみせますよ」

それを聞いて殿下は、ひどく嬉しそうな笑顔を見せた。

第41世大魔王陛下は、その治世において、
遺伝子工学研究所と共同で、己れの核と、上級天使 （捕虜） より抽出した核を融合し、
人工的な堕天使を発生させる実験にも力を入れていたとされる。

その唯一の成功例が、王族のみに稀に見られる金の髪を受け継いだディアーヌ皇女殿下であったが、
そのご発生には、まだ2万年の時を待たねばならなかった。

　　+　+　+

ARCHMASTER　魔界シリーズ
https://jackthenikotto.wixsite.com/archmaster

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皇太子デミアン殿下 （後の第42世大魔王陛下）　るーしぇさん
　　　※ 殿下の画像は、上記サイトのいちばん初めに第42世陛下として出てきますｗ
近衛ジュエ　和.com 
近衛シュピールツォイク



久しぶりに魔界シリーズ・花蝕を読み返し、
仮に、第42世大魔王サタン陛下 （または即位前のデミアン皇太子殿下） が
特別扱いされるのを嫌がるようなことがあったとしたら、
当の陛下も （殿下も） 周囲の悪魔たちもタイヘンだろうな…と、何気なく思った。

意外とディアーヌ皇女殿下を溺愛することで特別扱いをしてバランス取っているのかも？ とか、
じゃあディア様ご発生前だったら？ どうだったろうか、とか……

これを書こうと思ったのは、たぶん、それが発端だったと思う。
ついでに、下記のロワちゃん診断 （悪魔ですか天使ですか） も混ぜてみた。

　　和.com さんは悪魔の近衛で大魔王のおもちゃです。
　　治癒の魔力を持っています。
　　その性、穏やかにして情熱的。
　　天使と敵対種族でありながら天使を認めています。
　  【懐かしい歌と赦し】がキーワードです。　※ これは2017年3月当時のものです。

普段は別にどうということはないのに、ここぞという時には自分の命まで使ってしまう、おもちゃな近衛。
この診断を見た時から、いつか書こうと思って、ミゴトに忘れていたネタでｗ
せっかくなので頭の奥底から引っ張り出してみました。

ジュエ、本来はもっとテキトーかつ簡素な名前だったのですが、ﾟღゆうなღﾟさんが命名してくれました。
フランス語で 〝おもちゃ〟 の意だそうです。
シュピールツォイクも 〝おもちゃ〟 だそうです、こっちはドイツ語で。

ジュエ |ω・`）チラｯ　殺すのはモッタイない というご意見もあり？
せめてシードだけは残します、とは言ったものの、跡形もなく腐ってもシードって残るだろうか？

でもジュエの遺体は焼却したほうが安全だと思うんだよねぇ (￣～￣lll)

デミアン様にはしばらくシュピールツォイクでガマンしてもらいましょうー。
いずれディア様がご発生するし、遠からず同期も出世するでしょうし。
ということで ヾ(≧▽≦)ﾉﾞ ご容赦くだされｗ



ご挨拶は後ほど伺います。みなさま、どうぞ楽しいクリスマスを。
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