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佐久鯉(さくごい)誕生の日


こんばんは!6日(火)は、山陰から北の日本海側では雪や雨が降り、

雷を伴う所もありますが、西から天気は回復に向かう見込みです。
西日本から北日本のその他の地域は晴れる所が多いものの、
山沿いでは雪や雨の降る所があるでしょう。
南西諸島は曇りや雨となる見込みです。

【2026年の抱負は?】

A、大きな病気をしないことです。

〇大きな病気をしない

@入院や長期治療が必要な病気にかからないこと

 ・癌(がん)          ・心臓病

 ・心臓病             ・脳卒中

 これら等、大きな手術が必要な病気等にならないようにです。

@日常生活に大きな支障をきたす病気を経験していないこと

 仕事や生活が長期間止まるような病気が無い状態です。

@慢性的で重度の疾患を持っていないこと

 生活に大きな制限を与える慢性疾患が無い状態です。

@比較的健康で、軽い風邪や疲れ程度で済んでいること

 体調を崩すことはあっても、深刻な病気には至らないことです。

【佐久鯉誕生の日】 さくごいたんじょうのひ

            The Birth of Saku Koi

            The Day Saku Koi Was Born

☆佐久鯉誕生の日は毎年1月6日で、
 1746年に鯉料理が伊勢神宮さんに献上されたことに由来しています。

<概要>

〇佐久鯉誕生の日

@歴史的背景と佐久鯉の誕生

 1746年、今から約280年前のこの日、
 信州佐久の篠澤佐吾衛門包道(ささざわさごえもんかねみち)さんが、
 伊勢神宮さんの神主に鯉料理を献上しました。

 これが、現在全国にその名を馳せる「佐久鯉」の最も古い記録とされています。

 佐久鯉の歴史は古く、その始まりは今から数世紀にわたります。

 その品質の高さは昭和初期には全国一の生産量を誇り、
 品評会での数々の賞を獲得する等、その名声は日本国内に留(とど)まらず、
 宮内庁や陸軍にも認められる程でした。

 この記念日は包道さんの子孫である、
 篠澤明剛(しのざわあきたけ)さんによって制定された、
 比較的新しいものです。

 佐久鯉の歴史を称え、その文化を後世に伝える為の記念日として、 
 一般社団法人・日本記念日協会さんによって認定・登録されました。

 ★篠澤佐吾衛門包道 さん

  長野県佐久市岩村田にある老舗旅館「佐久ホテル」さんの当主で、
  18世紀中頃「江戸時代・延享(えんきょう)3年/1746年」に、
  活躍した人物です。

  □佐久地方の名家である、篠澤家の当主

  佐久ホテルさんの歴史資料によりますと、
  当時の当主として、地域の文化や食文化に深く関わっていた人物です。

  ■格式ある料理儀式「式包丁(しきほうちょう)」を伝える家計の人物

  佐久ホテルさんには、献上料理の際に行われる「式包丁」が伝わっており、
  包道さんもその伝統を担った人物と考えられています。

  □何をした人物なのか

  ◆1746年1月6日、伊勢神宮さんの神主に佐久鯉料理を献上

   延享3年(1746年)1月6日、
   伊勢神宮さんの福島神主へ鯉料理を献上した記録が残っています。

 ☆昭和初期の佐久鯉の生産量・様々な賞を受け、宮内庁や陸軍に認められた

  ■昭和初期の佐久鯉の生産量

  昭和14年(1939年)頃がピークで、約940トンに達していました。

  当時の日本国内で全国一の生産量です。

  □様々な賞を受けた

  昭和初期、佐久鯉は全国の鯉の博覧会や品評会、
  共進会に積極的に出品されていました。

  その結果、品質の高さが評価され、日本一の称号を得たと記録されています。

  これは単なる地域の名産ではなく、
  全国レベルでトップクラスの品質と認められたことを意味しています。

  ■「宮内庁(当時の宮内省)や陸軍の御用達」

  昭和初期に佐久鯉が宮内省(現:宮内庁)や、
  陸軍の御用達になったと記されています。

  ◇最高レベルの品質保証

   宮内省の御用達は、
   皇室に献上される品質の高さを公式に認められた証です。

  ◆国家機関からの信頼

   陸軍の御用達は、
   軍の食糧や贈答品として正式採用されたことを意味します。

   当時の日本では、軍や宮内省の御用達は非常に名誉なことで、
   「国家レベルで品質が保証されたブランド」として扱われました。

  ◇全国的なブランド力の向上

   これにより・・・

   ・全国的な知名度が急上昇

   ・高級食材としての地位を確立
 
   ・生産量の増加につながる

   このような流れが生まれました。

 ★包道産の子孫である、篠澤明剛さん

  室町時代の1428年に創業した佐久ホテルさん。

  古くは足利将軍や徳川将軍の書状や礼状等、
  創業から現代まで2万点を超える文献が残る歴史の宿です。

  19代目の当主である明剛さんが26歳で実業に入った当時は、
  「歴史を商売にしてはいけない」といわれていまして、
  多くの文人をもてなしてきたという、
  誇るべき歴史は公にせず、営業をしていました。

  「古文書は人に見せてはいけない、広告に歴史的なことを載せたり、
    取材を受けるのも駄目だといわれていたので、
    お客様も単なるビジネスホテルだと思って、
    お泊まりいただいていたと思います」

  このように明剛さんは当時を振り返ります。

 ☆天然温泉 佐久ホテル さん

  住所   :長野県佐久市岩村田中山道今宿553番地

  電話番号 :0267-67-3003
  
  ご予約専用:0120-3951-77(接続出来ない地域があります)

  ■料理

  ◇佐久ホテル さん「茜コース」4900円税サ込

   ・鯉から揚げ前菜

   ・こいこく(江戸時代に佐久ホテルさんから伊勢神宮さんに献上)

   ・鯉湧水しめ刺身

   ・献上鯉うまに

   ・鯉南蛮漬け酢の物

   ・鯉煎餅

   ・地元産の玉子の茶碗蒸し

   ・温泉で炊いたごはん

   ・手作り漬物

   ・牛乳ムース

   温泉水でいれたコーヒーはセルフサービス百円です。

   温泉は600円のところ、お食事の方は350円になります。
  
   飲泉や湧き水持ち帰り、手作よもぎ焼酎試飲、天茶試飲もどうぞ。

   江戸時代に佐久ホテルさんから大名等に献上した、
   鯉料理の献立も見学出来ます。

   *尚、内容等に若干の変更等もあり得ます

問題 株式会社 佐久ホテル さん についてですが、
   次の文章(篠澤明剛社長)の???に入る言葉を教えてください。

   〇培った歴史を後世に伝え、佐久のおもてなしを提供

   *ぷらざINFOさんより抜粋

   「創業当時からしてきたことですが、鯉、温泉、お酒など、
     地元の産物を提供することにこだわり、佐久の???を出すこと」が
   ヒットの法則だと話す篠澤明剛社長。

1、良さ

2、特色

3、歴史

ヒント・・・〇???

      長野県佐久市は晴天率が高く「星の街」と呼ばれています。
      北に浅間山、南に蓼科山や八ヶ岳連峰、東に荒船山、
      中央に千曲川が流れています。
      佐久市は日本で最も海から遠い地点を含む市です。

お分かりの方は数字もしくは???に入る言葉をよろしくお願いします。



   





#日記広場:グルメ

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2026/01/07 14:12
> スズラン☆さん
こんにちは!晴れの水曜日をお疲れ様です。
 そうですね、大きな病気をすると事をやりにくいですね。
こうした病気を体験して、どのように過ごしていくかを、
メッセージとして、同じ思いで苦しんでいる方へ情報として等の発信は出来ますね。
ただ、やっぱり健康にこした方が苦しくもないですね。
 鯉はですね、黒い鯉を食すのですが、
そのままだと生臭いこともありますので、1~2週間ぐらい真水で過ごしていただくのですよ。
目的は泥をはかせたり、その環境の汚れ等を無くす為です。
味はイメージよりも、サラッとしていますよ。
そうですね、昔水槽でニシキゴイを飼っていました。
確かにペットというイメージが強いでしょうね。
そうですね、主のそうしたお考えは素晴らしいですね。
はい、消えてしまってはなので、公開をしないと他者が分かりにくいですから、
公開をして、知っていただくことこそが現在、そして、後世にもつながることもですね。
問題の答えですが、2番の特色が正解になります。
素晴らしいですね!どうもおめでとうございます(祝)
ほとんどのことが共通していますが、大自然がいつまでも残ることを本当に願っています。
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2026/01/07 13:56
大きな病気をしない
大事ですよね(((uдu*)ゥンゥン

佐久鯉誕生の日
鯉はどんな味がするんでしょうね?
どうしてもペットというイメージが強いです。

「誇るべき歴史は公にせず、営業をしていました。」素晴らしいですが、
消えてしまうのは、勿体ないので公開して良かったと感じました。

答え 2




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