なはの日
- カテゴリ:レジャー/旅行
- 2026/07/08 00:31:56
こんばんは!8日(水)は西日本では晴れる所が多いものの、
午後はにわか雨や雷雨の所もある見込みです。
東日本から北日本は雲が広がりやすく、所により雨が降るでしょう。
沖縄は概ね晴れそうです。
尚、台風9号は今後もフィリピンの東を西寄りに進む見通しです。
【リゾートコーデ/コーデ付き日記投稿イベント】
A、まとうあやかし狐火です。
☆狐火(こび)
日本の民俗や妖怪伝承で語られる狐が纏(まと)う、
怪火(あやかしの火)のことで、夜道にふわりと浮かぶ青白い火で、
狐が尾に宿す霊力の象徴で、
人を惑わせたり、道案内をしたりする存在として語られています。
地域によっては「鬼火」や「人魂」と混同されることもあります。
狐火は、妖狐(あやかし)が力を使用する際に、
纏っている火として描かれることが多く、
「まとうあやかし狐火」という語は、
妖怪が身に纏う狐火という説明的な表現である可能性が高いです。
★九尾(きゅうび)の狐との関連
妖狐の代表格である玉藻前「たまものまえ(九尾の狐)の情報が、
多く出ています。
九尾の狐はしばしば狐火を操(あやつ)る妖力を持つ存在として描かれる為、
「まとうあやかし狐火」という語が、
九尾の狐の能力や妖気の表現として使用されている可能性もあります。
□玉藻前
鳥羽上皇の寵(ちょう)を得たという伝説上の美女で、
異国から来た金毛九尾の狐です。
陰陽師(おんみょうじ)に見破られて、
那須の殺生石になったといいまして、
謡曲(ようきょく)の「殺生石」や浄瑠璃、歌舞伎に脚色されました。
◆玉藻前が鳥羽上皇に寵を得た理由
△絶世の美女
宮中随一の美貌とされまして、
「玉のように光る藻」のように輝いたことから、
玉藻前と名付けられたという伝承もあります。
▲学識が非常に深い
和歌や管弦、仏典、天竺(インド)、震旦「しんたん(中国)」の故事まで、
どんな問いにも即答できる博識ぶりが宮廷を驚かせました。
△品位と教養で宮廷の人気を集める
その才色兼備ぶりから、鳥羽上皇は次第に彼女を深く信頼しまして、
寵愛を一身に集めました。
▲(後世の解釈)美福門院(びふくもんいん)さんをモデルとする説
皇位継承に影響力を持った美福門院さん、
「藤原得子(ふじわらのとくし)」さんがモデルという説もありますが、
あくまで推測で確証はありません。
▽藤原得子さんの基本情報
永久5年(1117年)生まれで、
永歴元年(1160年)12月22日にお亡くなりになられました。
藤原北家で末茂流で、父は藤原長実さん(権中納言)で、
母は源方子さん(左大臣である源俊房さんの娘)です。
称号(院号)は美福門院さんで、夫は鳥羽天皇(後の鳥羽上皇)で、
子は叡子内親王、暲子内親王(八条院)、近衛天皇、妹子内親王です。
▼皇后としての立場
鳥羽上皇の寵愛を受けまして、
上皇の妃でありながら「皇后」に立てられるという、
極めて異例の待遇を受けました。
息子の体仁親王(近衛天皇)が即位しますと、
「国母」として権勢を強めます。
▽政治的影響力
藤原得子さんは、平安末期の政争に深く関わりまして、
1141年には鳥羽上皇が得子さんの子を即位させる為に、
崇徳(すとく)天皇を退位させます。
1142年には得子さんへの呪詛(じゅそ)事件が発覚しまして、
侍賢門院さんは出家します。
1155年には近衛天皇の早世後の皇位継承問題で、
後白河天皇の即位に影響をきたしました。
1156年は保元の乱が起こり、
得子派と崇徳上皇派の対立が決定的となりまして、
乱の原因の一つになります。
1160年に平治の乱が起きまして、得子派の動きが勝敗を左右します。
▼死後と埋葬
高野山に埋葬(美福門院陵)されました。
高野山は女人禁制であった為、
埋葬には宗派間の対立も生じたと伝わります。
▽歴史的評価
藤原得子さんは、美貌と才気の持ち主で、
皇后としての異例の地位と政治への強い影響力によりまして、
平安末期の権力構造を大きく動かした女性として評価されています。
◆玉藻前さんが陰陽師に正体を見破られ、那須で殺生石になった理由
鳥羽上皇の原因不明の病の病の元凶が、
玉藻前さんであると陰陽師の安部泰成さんに占われまして、
祈祷によって妖狐の姿を暴かれた為です。
そして、逃亡後に討伐されまして、
怨念が毒石(殺生石)に変じたと伝えられています。
【なはの日】 Naha Day
☆「なはの日」は、
7月8日を「な(7)は(8)と読む語呂合わせから生まれた記念日です。
<概要>
〇なはの日
7月8日、沖縄県那覇市では無料で首里城や玉陵や識名園の門が開かれます。
「な(7)は(8)」の語呂合わせから生まれた「なはの日」は、
那覇の歴史と文化を市民と観光客ともに体感出来る一日です。
@制定
この記念日は、ラジオ沖縄さんの人気番組、
「那覇が好き」のリスナーグループ「那覇が好き友の会」さんが制定しました。
那覇の人々が手を合わせまして、心を一つにして、
手づくりで町おこしを考えようというコンセプトが原点にあります。
2001年(平成13年)からは那覇市も公式に参加しまして、
清掃活動等のイベントを通じて、
官民一体で那覇を盛り上げる活動が続いています。
記念日は一般社団法人・日本記念日協会さんにより認定・登録されています。
★「沖縄ふるさと発見倶楽部那覇が好き」
ラジオ沖縄産がスカイパーフェクトTVを通して、
全国放送を展開していた際に、
那覇を中心に沖縄情報を発信する番組として制作されたラジオ番組です。
週1回の放送を通じて、全国の方と情報交換をすることが出来ました。
その中から「那覇が好き友の会」さんが生まれました。
スカイパーフェクトTVを通じてのラジオ放送終了と同時に、
「沖縄ふるさと発見倶楽部那覇が好き」も修了しましたが、
せっかくの御縁を絶やすことなく、沖縄とその他の地域で、
沖縄に関心を持ってくださっている方々と交流出来たらと思い、
ネット上にスペースを設けることにしました。
問題 「沖縄ふるさと発見俱楽部那覇が好き」という番組は修了しましたが、
引き続き活動を続けていることが1つありまして、
「7月8日はなはの日」那覇を楽しむ日にしましょう!という活動ですが、
次の文章の???に入るお酒名を教えてください。
〇「なはの日の始まり」
本土で暮らす那覇市出身者が「7月8日はなはの日だよね」と、
沖縄隙のメンバーで集まって沖縄そばを食べたり、
???を酌み交わしたりしたのが始まりです。
1、黒糖焼酎
2、泡盛
3、島焼酎
ヒント・・・〇???が沖縄の焼酎と呼ばれる理由
???は黒麹菌で造った米麹のみを使用する沖縄特有の蒸留酒で、
原料はタイ米(インディカ米)が主流で、
製法は全麹仕込みという独自方式です。
お分かりの方は数字もしくは???に入るお酒名をよろしくお願いします。
























