Nicotto Town


熊吉のぼやき


大難は思わぬ方向から(1)

ただいま入院中にて、体調の善し悪し、診察の多少、リハビリ、その他もろもろで、入院生活といえど、暇な時の連続にならないのが実情です。  返せない返事や、訪問しても記録がないにもかかわらず、訪問と足跡ありがとうございます。

いきなりの入院、手術~いったい何がって思っておられる方が~いるやら~いないやら~^^) 自分に対する記録としても、時間のとれるときに、病状、経緯など書き出していきたいと思います。

病名は、舌がん、大別すれば「進行がん」に属するようです。
舌の右舌下部の中央部に出来ていて、手術の時で3cmくらいの大きさでした。

そもそも、今回がんの出来た場所は、3~4年前に、子供の頃に差し歯の治療した部分の、その差し歯の根の部分が割れて駄目になり、部分入れ歯を作った場所でした。
その差し歯の治療に作ったものの、入れ歯の金具が舌に当たり、痛くて何度か修正してもらいましたが、すっきり治るず・・・ふだんは・・あきらめて入れ歯を外していました。

 そうすると、歯の角が舌に当たり,体調が悪ければ、その部分に口内炎的なものが出来痛くて・・でも体調がなおれば、消えていく・・・そのような繰り返しで,その部分はざらざらと少し堅くなっていました。

そして今年の2月くらいに、その場所に口内炎的な物が出来て、少し痛かったのですが、いつものことと放置しておりました。 ところが3月になっても、なかなかなおらず、4月になれば、少し膨らみが出来てきました。 しかし大した痛みではなく、当時は超多忙なこともあって、そのうち収まるだろう的に楽観していました。


時間は遡りますが、昨年11月末日、私は2階から落ち、肩鍵盤断裂という怪我をしました。 これの治療法には、手術と、リハビリと痛み止めを併用した、2つの方法があり、完治を目指すには手術しかないようです。 ただ手術を選べば入院期間、リハビリ期間の最低2月は何も出来ない状態になるようです。 痛みが収まって、あまり不自由を感じないなら手術しないで・・・と思いつつ今年の春まで様子を見てましたが、事故当時と違った痛みが出始め、やはり選択肢は手術しかないと思いながら・・仕事が2月休める時期を調整しておりますと、ようやく5月後半頃になって、目処が立ち始め、7月あたりに何とかなりそうになりました。

こうなると、話が戻り、常に口の中で気になっていて、その頃から食事の時に触れると痛くなってきていた「治らない口内炎」を、肩の手術に先立ち~「サク」っと~治しておこうと、6月10日、北播磨地方に出来た総合病院の口腔外科へ受診したのでした。 そこで一番言われたのが「舌がんの疑いがあります。精密検査を受けてください。」でした。

あまりに~あっさりと「がん」と言われたため、その言葉は何ら抵抗なく自分の心に収まってしまいました。 そして「その検査はどこに行けばいいんですか?」と間髪を入れず質問すると、「私たちは神戸にある大学病院から来ていますが、そこなら出来ますよ。何なら紹介状を書きましょうか?」と言われ、その紹介状を持って、その日のうちに、今回入院している「神戸にある大学病院の口腔外科」を受診しました。

大学病院の待合には大勢の人が居るのに、ほとんど待つことなく呼ばれ(重病なのか・・と思いつつ)、一通りの診察を受けました。 そして診断の第一声は「今までたくさんの患者さんを診ている経験から、まず舌がんに間違いないでしょう。」でした。 前の病院といい、この病院といい、今は「がん」は全く隠さないんだな~って感じた一瞬でした。 そして採血検査をし、CT、MRI、PETの各検査の予約をして頂き、1週間後の受診予約をして終わりました。

それから1週間は神戸まで(自動車で日中なら片道1時間あまり)を3度~大層な機器と造影剤(がん細胞を染めるもの)を使った検査を受け、次の診察日の6月17日には家族同伴で来いと言うことなので、家内を連れて行きました。 そして待合に座って間もなく呼ばれ、診察の前に検査があると~右耳の舌の、風邪をひくと腫れる(リンパ節と言うらしい)部分をエコーで調べがら「まだきれいだな」なんて言うのを聞いていました。

そしていよいよ診断の時~夫婦で呼ばれ、前述の通り病名「舌がん」で大きさ的には中程度、遠隔転移はなし、リンパ節への転移はCT、MRIでは不明瞭一部転移があるかもしれない・・先ほどのエコー検査ではまだリンパはきれいなので、一般にがんの進行の分類を表す指標で、ランク「Ⅰ」からタンク「Ⅳ」まである中(Ⅰ、Ⅱが早期がん、Ⅲ、Ⅳが進行がんと呼ぶらしい)で、リンパまで節転移がなければランク「Ⅱ」、リンパ転移が初期ならランク「Ⅲ」と言うことで、今のところ、その間だろうと言うことでした。 詳しくは手術で切除した組織を顕微鏡で細胞の調査しないとわからないようです。

同時に「5年間生存率」というのも聞かされ、全患者の統計値で、ランク「Ⅱ」なら70~80%で、ランク「Ⅲ」なら60~70%と言うことでした。 そのときの率直な気持ちで「Ⅱ」なら思いの外軽いけど、ランク「Ⅲ」なら半分弱の確率で5年後は生きてないんだな~って感じました。 自分の命の限りを初めて親身に考えた一瞬でした。 この時点では7月2日入院、1週間の検査を経て7月9日を手術日と暫定的に決まりました。

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2014/09/17 11:40
この歌 ステキです
http://www.youtube.com/watch?v=suTEhl3y8nE
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2014/08/21 19:21
そうなんだ転移が無ければいいんだよね

しばらくは抗がん剤で苦しいかも知れないけど

辛いほど薬がガンと戦ってるのだと思うので薬の効果と

自分の幸運を信じて100歳まで生き抜くと決意の心で

乗り越えてね

ブログ書いてくれてありがとう

早く元気になれるように祈っていますね

負けないでねファイト♪。゜+.o((◕ฺ∀ ◕✿ฺ))o

✲◕‿◕✲~゚.:。♡゚.:。+ニコッ
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2014/08/19 21:13
肩に大きなケガをされてたんですねぇ。。
そのついでに見てもらったのが・・まさか、という気持ちが大きかったでしょうね(;´・ω・)
それがなかったら、もっと診てもらうのが遅くなってたのかな?もしかしたら。




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