Nicotto Town



紫陽花の彼女I

白い衣裳をふわりゞと風に靡かせて、寸法(さいず)の合わない真っ赤な靴を履いて、まるでこの世の全てを憂う様なそんな顔をしていた。彼女と出会ったのは丁度、梅雨の昼下がりの湿気が嫌に纏わりつく、そんな日だった。
彼女は名を名乗らなかった。正確に言えば、自分の名前を知らなかった。 私は人の固有名詞なぞに興味はなかったので、彼女を君だとか貴女だとか呼んで話をした。彼女は十代後半に見えたが、妙に大人っぽい雰囲気の割に何故か子供らしい横顔を見せる。これが所謂ミステリアスと云うやつなのだろうか。まぁ何にせよ、私が彼女とこうして話したのは彼女の話が面白い為だ。
彼女は植物や昆虫なんかを指差して、これは何と云う名前で、どんなものなのかと楽しそうに私に聞かせた。そう、あまりにも楽しそうに話すものだから、次第に私も楽しくなって気付けば【あじさい】と云う花を指差して彼女にこれは何かと聞いていた。彼女はそれは【紫陽花】と云うのだと微笑んで、色の紫と云う字に太陽の陽と花で【紫陽花】と書くのだと丁寧に教えてくれた。これは丁度梅雨の時期が見頃の花なんだと云う。私はあじさい、アジサイ、と道中の家々の庭に紫陽花を見つけると、ひとつ指を差してその名前を呼んだ。彼女はけらゞと笑っていた。
また夜になれば彼女は私に星の名前を教えた。アレはベガでデネブでアルタイルで、夏の大三角形で、と彼女の白すら呑み込みそうな星空を指差してまるで何かの詩を歌う様に私に教えた。ふわりゞと衣裳を翻す彼女と街の灯りの邪魔しない小さな丘に二人。彼女の子供の様な横顔に、何故だかいけないことをしている気分になって、誤魔化す様に私はあの星は何と云うのかと適当な星を指差して、彼女の説明を何処か遠くに聞きながら無数に散らばる星屑を眺めていた。

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2024/05/05 11:50
ええ…すごい(`・ω・´)



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