ポジティブシンキング 2
- カテゴリ:日記
- 2012/05/06 20:37:33
哲学: ポジティブシンキング 2
http://tetugaku.blog.so-net.ne.jp/2012-05-01 #哲学
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ポジティブシンキング 2
ポジティブシンキング1 の続きです。
幸せというと、いきなりなんだと思われますが、まぁ、人生の目的は幸せにある。という考えは多分、普遍性があると思います。
じゃぁ、どうすれば良いのだろう? と考えてみると、様々な価値観の人の中で方法なんて見つかるのだろうかと考えると、案外あるように思えます。
それはポジティブシンキングだと思います。
同じ状況でも、肯定的に解釈すると、悩み事の半分は減りますし、その分、残りの悩み事の対策を考える余裕が出来て合理的です。
また、ピンチはチャンスと申しまして、自分の置かれた悪い状況を利用しようとする発想も生まれやすくなると思います。
さらに、ポジティブに考えると、失敗の時の精神的なリスクが少ないという利点もありますしね。行き過ぎると反省しないというデメリットも生じますが、ネガティブに考えているうちに行動しないよりは、幸せを感じるチャンスが増えると思います。
これは、どのような状況、結果であろうとも、ポジティブなものの考え方によって、幸せを認識することが、幸せになる方法の一つのステップだといえるからです。
もちろん、一つのステップであるということは、第二、第三のステップが必要になってくるものと考えるわけです。
つまり、幸せになる方法として、ポジティブシンキングは必要だが、それだけでは足りないだろう。考えるのです。
私は、次の段階として、感謝、そして、節制と流れていくと考えております。
さて、いくらポジティブに考えたとしても、「今ある幸せを失うかもしれない」という可能性は、どうしても足がとまってしまいます。
これは、未だ来ない未来について、考えるからそうなってしまうわけです。
さらに、多くの肉親や知人なのどのの死は、自分を含めていつ死んでしまうかわからない、つまり、幸せな状態を失うという妄想を生み出すこともあります。
私はこの妄想こそ、将来への漠然とした不安の本質だと思います。
そして、この妄想が、観念化し、一種の先入観に偏執していきます。
これが、心の中の空白、つまり、真空を生み出し、今、現実にどう感じているかということを保留させ、幸福感に待ったをかけるわけです。
この幸福感に待ったをかける真空は、先入観や固定観念化し、その人にとって都合よくはたらくことはありませんが、将来への漠然とした不安を含めた真空あるいは、先入観はポジティブシンキングとパラダイムシフトによって、自分のために活用することも可能です。
それは、幸福感というものもがどういった性質のものであるかを知ることです。
幸福感の性質として、幸福感は、今、このときにだけ感じ得るものであり、未来に幸せがあるわけではないのだということです。
これを知れば、「幸せなときほど、将来への漠然とした不安」は消え去ってしまうでしょう。
なぜなら、「幸せなときほど、将来への漠然とした不安」は、未だ来ぬ時間であり、現実ではないからです。
ですから、将来への漠然とした不安の本質は、妄想であり、真空あるいは先入観に過ぎないのです。
上記のような認識の上で思考すれば、より、不安という落とし穴の少ない実践できる哲学を生み出してくれるものと考えております。
ポジティブシンキング1 の続きです。
幸せというと、いきなりなんだと思われますが、まぁ、人生の目的は幸せにある。という考えは多分、普遍性があると思います。
じゃぁ、どうすれば良いのだろう? と考えてみると、様々な価値観の人の中で方法なんて見つかるのだろうかと考えると、案外あるように思えます。
それはポジティブシンキングだと思います。
同じ状況でも、肯定的に解釈すると、悩み事の半分は減りますし、その分、残りの悩み事の対策を考える余裕が出来て合理的です。
また、ピンチはチャンスと申しまして、自分の置かれた悪い状況を利用しようとする発想も生まれやすくなると思います。
さらに、ポジティブに考えると、失敗の時の精神的なリスクが少ないという利点もありますしね。行き過ぎると反省しないというデメリットも生じますが、ネガティブに考えているうちに行動しないよりは、幸せを感じるチャンスが増えると思います。
これは、どのような状況、結果であろうとも、ポジティブなものの考え方によって、幸せを認識することが、幸せになる方法の一つのステップだといえるからです。
もちろん、一つのステップであるということは、第二、第三のステップが必要になってくるものと考えるわけです。
つまり、幸せになる方法として、ポジティブシンキングは必要だが、それだけでは足りないだろう。考えるのです。
私は、次の段階として、感謝、そして、節制と流れていくと考えております。
さて、いくらポジティブに考えたとしても、「今ある幸せを失うかもしれない」という可能性は、どうしても足がとまってしまいます。
これは、未だ来ない未来について、考えるからそうなってしまうわけです。
さらに、多くの肉親や知人なのどのの死は、自分を含めていつ死んでしまうかわからない、つまり、幸せな状態を失うという妄想を生み出すこともあります。
私はこの妄想こそ、将来への漠然とした不安の本質だと思います。
そして、この妄想が、観念化し、一種の先入観に偏執していきます。
これが、心の中の空白、つまり、真空を生み出し、今、現実にどう感じているかということを保留させ、幸福感に待ったをかけるわけです。
この幸福感に待ったをかける真空は、先入観や固定観念化し、その人にとって都合よくはたらくことはありませんが、将来への漠然とした不安を含めた真空あるいは、先入観はポジティブシンキングとパラダイムシフトによって、自分のために活用することも可能です。
それは、幸福感というものもがどういった性質のものであるかを知ることです。
幸福感の性質として、幸福感は、今、このときにだけ感じ得るものであり、未来に幸せがあるわけではないのだということです。
これを知れば、「幸せなときほど、将来への漠然とした不安」は消え去ってしまうでしょう。
なぜなら、「幸せなときほど、将来への漠然とした不安」は、未だ来ぬ時間であり、現実ではないからです。
ですから、将来への漠然とした不安の本質は、妄想であり、真空あるいは先入観に過ぎないのです。
上記のような認識の上で思考すれば、より、不安という落とし穴の少ない実践できる哲学を生み出してくれるものと考えております。