利己の精神
- カテゴリ:日記
- 2012/11/11 23:37:45
名言: 利己の精神は悪につながります http://maximbell.blog19.fc2.com/blog-entry-1073.html #名
言
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こんにちわ。呟き尾形です。
無意識に自分を捨て、相手の身になって相手の眼で
世界を眺めると云うことが即ち惚れたと云うことなのだ。
だからこそ惚れると云うのは素晴らしいのではないか。
― 隆 慶一郎 ― (『一夢庵風流記』)
利己という言葉があります。
これは、自分の利益だけを大事にし、他人のことは
考えないことです。
利己に対して、利他という言葉があります。
自分を犠牲にしても他人の利益を図ることです。
異性に限らず、人は、他者に惚れることがあります。
これは、人柄や技能などのすぐれていることに心を
ひかれるということです。
社会において、助け合うことが前提であるために、
利己の精神は悪につながります。
それに対して、利他は善につながります。
他者に惚れるということは、自然と自分よりも惚れ
た相手のこと優先させます。
つまり、他者に惚れるということは、素晴らしく、
善なる行為なのです。
ただし、心酔しすぎて、惚れた人だけのためなら、
他はどうでも言いという考えは、利己にすぎません。
無意識に自分を捨て、相手の身になって相手の眼で
世界を眺めると云うことが即ち惚れたと云うことなのだ。
だからこそ惚れると云うのは素晴らしいのではないか。
― 隆 慶一郎 ― (『一夢庵風流記』)
利己という言葉があります。
これは、自分の利益だけを大事にし、他人のことは
考えないことです。
利己に対して、利他という言葉があります。
自分を犠牲にしても他人の利益を図ることです。
異性に限らず、人は、他者に惚れることがあります。
これは、人柄や技能などのすぐれていることに心を
ひかれるということです。
社会において、助け合うことが前提であるために、
利己の精神は悪につながります。
それに対して、利他は善につながります。
他者に惚れるということは、自然と自分よりも惚れ
た相手のこと優先させます。
つまり、他者に惚れるということは、素晴らしく、
善なる行為なのです。
ただし、心酔しすぎて、惚れた人だけのためなら、
他はどうでも言いという考えは、利己にすぎません。