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震災から2年、被災地で過ごす2年

政治: 震災から2年、被災地で過ごす2年は忍耐の2年でした

http://blogs.yahoo.co.jp/tubuyaki_o/53627564.html #政治
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こんにちわ。呟き尾形です。
 安陪内閣に意見を述べましたので、引用します。
http://www.facebook.com/sourikantei/posts/422113964545334
★★★ここから★★★
震災から2年、被災地で過ごす2年は忍耐の2年でした。私が過ごす被災地、東松島市の復興計画はこれから5年をめどにしているようですが、残念ながら住民 の声を聞き入れない復興計画になってしまいました。その結果、人口流出が止まることなく、小学校にいたっては、おそらく5年後は今の半分以下の生徒数にな ることが数字から読み取れます。その上、高台移転は、高齢者用のものとなり、とても働き盛りの年代は追い出されるような形になっているため、東松島市野蒜 は高台移転後5年から10年で限界集落になるのだろうなと思える復興計画です。このことを自治体に伝えましたが、なかば門前払いで、話を聞くだけで内容は 聞き入れられることはありません。復興計画の説明をうけ、質問しても、論点をずらした回答ばかりなので、すでに、行政と住民の信頼関係はくずれています。 それでも、なんとかやっていけているのは、民間のボランティアをはじめとして、日本国民の皆様のおかげです。残念ながら今の自治体行政に希望はもてませ ん。そして、今の自治体行政は、政府との調整に四苦八苦していると聞いています。
★★★ここまで★★★

 2年というとかなり長い時間ですが、東日本大震災以来、私にとって空白の時間でした。
 さまざまな努力をしましたが、すべて空回りし、協力を得ようと願い出ても行政をはじめ、敬遠されます。
 それが被災地の現実です。
 がんばろう東北。
 なんともむなしく響くキャッチコピーです。
 それでも何とかしなければいけないと、やるべきことを暗中模索をし、徒手空拳でことにあたっても、まるで無力です。というより、今日をしのぐだけで精一杯というのが本当のところです。
 
 震災と津波はしかたないにしろ、そこから復旧、復興と進めるのは人の手によるものです。
 だけれども、行政は、すべてを震災と津波に責任を転嫁し、言い訳にして本来やらねば、地域が衰退していくのにも言い訳ばかりが上手になっていきます。
 できない理由をやらない理由にしていけば、ダメになっていくのは必然です。
 ダメになっていくことが分かっているのに、なにもできずに、いるのは何とも悔しい限りです。




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