Nicotto Town


安寿の仮初めブログ


『偶然と想像』を見てきました。



勝手に休暇中の7月下旬、
見逃していた映画をひたすら見続ける日々。

本来ならば、尾瀬を歩いているはずだったのですが、
この感染状況の中で、登山に出かけるのは無謀な気がするし、
天候も安定してないし…。

  首都圏は、猛暑続きなんですが、
  関東の山沿いは、ほとんど毎夕、豪雨に見舞われている。
  豪雨の中のテントほど、辛いものはない。

映画館も感染しないわけではないのですが、
涼しいし、静かだし、ま、ここならいいでしょ。

てなわけで、濱口竜介監督の『偶然と想像』、
そして、濱口竜介監督の過去の作品
『永遠に君を愛す』+『不気味なものの肌に触れる』の、
3本立てを、都内の名画座で見てきました。

そういえば、この7月で、
神田神保町の岩波ホールも閉館してしまうとのこと。
コロナ・ウィルスの影響で、
ミニシアターや名画座の経営がかなり苦しくなっているらしいのですが、
しかし、それは私のような、
一人で映画を見ることが心の糧になっている人間にとっては、
寂しい限り。


さて、『偶然と想像』。
濱口竜介短編集とサブ・タイトルが付いているのように、
この映画は3本の短編によって構成されたオムニバス映画です。
登場人物も最小限に絞り込まれていますし、描かれる場面も同様です。
その代わり、登場人物たちの緊密な関係性が描き出されていきます。

濱口竜介という人は、何を描くか、どういう物語を描くかよりも、
どう描くか、題材の描き方に重きを置く、
方法論のクリエイターだと思うのです。

彼が描きたいものは、物語と言うよりも、
物語を進行させていく登場人物たちの関係性です。
彼の作品では、登場人物たちの関係の変化が
物語を進行させていくと言ってもいいかもしれません。

そして、そのためにまず彼は、
監督と演者たちの関係性を大事にします。
その上で、演者たち相互の関係性を丁寧に培い、
その関係性を紡いでいくことで、物語を進めていこうとします。

ですから、物語自体は、大きな事件とかが起きるわけではありません。
事件が起きるわけではなく、
登場人物たちの、それまでの関係性を変化させる「偶然」が挟み込まれ、
その「偶然」が、登場人物たちの新しい関係性を「想像」していく。
その過程が丁寧に描き出されていくのです。

ですから、この作品は、
『偶然と想像』というタイトルを持つのでしょう。
このタイトルは、彼の映画スタイル、彼の演出方法を、
そのまま表現しているのです。


このような描き方、演出論は、
これまで演劇の世界で試みられてきたと言えます。
平田オリザの青年団や
岡田利規のチェルフィッシュなどが典型的でしょうが、
物語を進めていく、しかも劇的に進めていくというよりも、
登場人物たちの関係性と、その揺らぎや変化を描いていく。

演劇において、よく行われる稽古方法として、
エチュードというものがあります。

最低限のシチュエーションと役の設定だけを与えて、
あとは、役者たちに場面の進行を任せていく稽古方法。

稚拙な役者ほど、話を面白くしようとして、また前に進ませようとして、
つまらぬ小細工をしてしまうのですが、
まずは登場人物の関係性を確認し、
その関係性の中から、次なる関係性を紡いでいくことができるような、
役の観察力と丁寧な表現力、
そして多くの引き出しを持ち合わせた役者ならば、
登場人物たちの関係性は、思わぬ展開を見せながらも、
しかし、しっかりと熟成していくのです。


このようなエチュードの演出方法によって進行していく関係性を、
そのまま映像として記録したかのような習作。
その習作を連ねた作品が『偶然と想像』ですし、
そして、それ以前の彼の作品、
『永遠に君を愛す』『不気味なものの肌に触れる』
も同じような演出方法によって作られていました。

エチュードの中から生まれた関係性を、
習作として記録していくような映画手法。
ですから、彼は、これからも、
このような習作集・短編集を作り上げていくのだと思います。

そして、そのような習作・短編を、
もう少し大きな物語の枠組みで構成し直したのが
『ドライブ・マイ・カー』と言えるでしょう。

『ドライブ・マイ・カー』で用いられた枠組みは、
村上春樹の小説であると同時に、チェーホフの『ワーニャ伯父さん』。

なので、このような習作・短編集を何本か生み出した後、
彼はその成果を活かした、大きな枠組みを持った作品を作り上げるのではないか
という気がしています。

もっとも、この習作・短編集も、
それは短編小説を読むような味わいがあって、
これはこれで、私は好きです。

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2022/08/09 15:04
>りゅぬさん

りゅぬさんのコメントの後、
読み直してみて、ちょっと文章を変えてみました。

文章を推敲することは、私の楽しみなのです。
それは、事象の捉え方、世界の捉え方を確かなものにしていくこと、
そして自分の思考を洗練させていくことだと思うからです。



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