瞳の奥
- 2025/11/13 21:19:47
「‥それ、どういう意味?」
校門から少し歩いた大橋の歩道で、手すりにもたれて川面を眺める葵に、わたしは問いただした。
「どうもこうもないよ、そのまんまの意味だよ。」
夕日がキラキラと水面に反射して、時折、彼女の頬をやんわりと照らした。
「だって、葵はレンが好きだったんでしょ?だから今まで付き合ってたんでしょ?」
「そおだよ、そう、好きだった‥かな?‥ううん、ちがう。今でも大好きだよ。多分」
「なによ‥それ? だったら‥」
「レンは祐奈ちゃんが好きなんだよ。気が付かない?‥てか、知ってるでしょ。レンの気持ち。」
「‥え‥。」
「ほら、顔に出てる。私が気が付いてないとでも思った? 祐奈ちゃんの気持ちもね。‥知ってたよ。
知っててレンと付き合ってったんだ私。怒らないでね。ホントに好きだったんだもんレンの事。ウソはないよ。」
「じゃあ‥」
「私、レンと付き合って分かったんだ、よ~やくね。彼は私を見てるけど、もっとその向こうのあなたを見てる。」
「葵‥」
「私がレンと付き合うために、何をしたと思う? 全部だよ。やれること全部!彼の気に入るような好みの女の子になる
ように全部。そのためにダイエットもした。メイクも覚えた。髪型も変えた。話し方や服の好みや食べ物まで、
それはそれは、ここで言えないことまでッ!出来る限りなんだってやったッ!
あ、勘違いしないでね? 卑怯なことはしてないよ。あくまで正々堂々と、彼に選んでもらえる自分になるよう努力したわ。
変な噂や悪口で祐奈ちゃんを陥れたり、仕向けたり、なんてしてないから。」
冬を誘う木枯らしの風が二人のあいだの空気を割くように吹き込んで流れ、少しの沈黙を生んだ。
「そうしてレンは私を選んでくれた。‥うれしかったなぁ~。 ようやく、願いが叶って、レンの彼女になれた♪
うれしかったよ‥ホントに。それからはバラ色の時間だった。色んなとこ行って色んなコトしたなぁ^^
‥あの目‥。あの目が好きなんだなぁアタシ♪ 流して見られたときなんか、こっちがウットリしちゃう‥」
「葵‥」
遠くの夕日を、さも愛おしむように、彼女はじっくりとまったりとした表情を浮かべながら眺めつづけた。
そのとなりで、その横顔をわたしはやや不安な心持ちで、ジッと凝視していた。
「キス‥するとき、目をつむる‥?」
「え?!」
「アハハ、私ね^^彼の目が好きだったから、直前まで見てたんだw彼の瞳♪ ‥そしたらさあ
何が見えたと思う?」
「‥‥」
「彼の瞳の中に映った『ワタシ』w‥祐奈ちゃんにそっくりの‥ね?」
「え。」
「私達って似てたでしょう? それもあったのかも?仲良かったし♪」
「‥‥」
「私はやれる事全部やって!何から何まで作り上げて!レンに届く場所まで来た。‥やっと願いが叶って
喜んで、嬉しくて、彼の瞳を見返したら、そこに映ってたのはあなたそっくりの女ッ! 名前がちがうだけの
祐奈ちゃんと同じ顔をした私がいたッ! ‥‥なにこれ? だれ?」
「‥‥」
「祐奈ちゃんと同じ顔で、祐奈ちゃんと同じ服着て、祐奈ちゃんと同じ様な語り口で、祐奈ちゃんがする様な仕草で
お付き合いを続ける‥。コレって何なの?
ここにいる私は誰なの? 佐々原葵という人間はどこに居るの? 祐奈ちゃんと同じアバターを着たこの女は
いったい何者なの??
こんなの‥私じゃないよね? レンは誰が好きなの?佐々原葵? いいえ、ちがうわッ!
あなたが何もしないから!あなたがレンに近づこうと何の努力もしないから! 目の前にあるフェイクに惑わされただけ。
レンが見てるのは私じゃない、私のからだを透かして見える向こう側のあなたよッ! 祐奈ちゃん!」
「‥でも、そんなこと‥」
「あのね?‥フェイクは本物に勝てないんだよ。 ‥ぜったい、勝てない。
彼と時間をともにすればするほど、レンがあなたの事をどれだけ【好き】か?分かってくる‥。
‥それを思い知った時の私の気持ちが分かる?‥」
「‥‥」
「私は私。 祐奈ちゃんじゃない。私はあなたの偽物‥そういうの、まっぴらごめんだし。
だから、最初に言ったでしょ。 『私はレンと別れるから、後はあなたの好きにして。』って。
‥そういう意味だよ。」
「あ‥‥葵はさ‥‥それでいいの? ‥ホントに‥」
夕日が沈み、あたりは急速にその色を失ってゆく。紫じみた灰色の雲が空を覆い始める。
彼女は瞬き始めた小さな星空を背にして皮肉めいた笑みを浮かべた。






















