きよしこの夜
- 2025/12/20 17:10:21
「こちらへ、どうぞ‥」
店に入り、促されるままドレスのすそをたくし上げ、わたしはバーのカウンター席にひとり腰かけた。
クラシカルなウッドの重厚な設えのこの場所は、わたしの迷いをすべて包み込んでくれそうで心地よかった。
「何になさいますか?」
一呼吸おいて、事務的にバーテンダーはわたしに訊いてきた。
「そぉーねぇー、‥今のわたしにピッタリのお酒♪ おねがいしたいわァ?」
「・・・・」
「あら♪ 困ってる。じょーだんよ、フフフ 度数高めのフルーティなのがいいな~♪」
「かしこまりました‥」
余韻‥そうだ‥。わたしはその余韻に浸っていたかった。何もかもがうまくいった。完璧にね。
あの可哀そうなおじいちゃんが死んで、5000万$の資産が入って来るのはもうけもの‥てか予定通り。
縁者が弁護士使っていろいろ言ってくるだろうけど、こっちもそのくらいの法的武装はしてる‥
敏腕の超一級ユダヤ人弁護士も雇ってるし、ロビーで外堀りもうめてある‥。 ‥心配ない‥。
「フフ‥あはははははッ」
「どうか?されましたか?」
「いえいえ、ゴメンナサイ♪ 何でもないの、ウフフ♡」
「・・・?」
「ありがと♡ 大丈夫。」
そう‥大丈夫。 アルコール系の特殊な薬剤で、直ぐに人体内で分解されるから検死には絶対
引っかからない。第三者を二重に介して手に入れた物だし、関係者も相打ちさせてお互い始末してる。
‥そう‥大丈夫。
「どうぞ‥」
「アラ、ありがとう♬」
グラスの中の琥珀色の深海を眺めながら、わたしは今までのことを何通りにも分けて検証していた。
(‥大丈夫。 穴はない‥。)
そう言って半分ほど飲み干した。のどの粘膜から甘い芳香とともにアルコールの吸収が感じられた。
ほどなくして、唇と指先の反応速度が鈍ってくる、でも思考は錯角的にある種鮮明度を増す。
結局‥あの薬剤自体はアングラ組織からの流出物。ふつうに表社会に出回る類のものじゃない。
バイヤーとの接点だけは、こちらも完全に消し去ることは出来なかった。もし?そこに手をつけたら
そこからはマフィア絡みとのもめごととなるからだ。それだけは絶対避けなきゃならなかった。
「ま、彼らも自分たちの謀略で使ってるモノだし、おおっぴらには出来ないはずだしね。」
‥まるで映画だ。 ‥ほんと、これは映画の中のシーンだ。
こんなバーで、イブニングドレス姿の女性がひとりで飲んでるなんてありえない情景。
でも、今日はクリスマス♪ そういう奇跡だって、何だって起こる聖夜だ‥。
「あの‥お客様。‥先ほどのカクテルですが‥じつは、あちらのお客様が【ぜひおごらせてほしい!】
とのことで特別にお作りさせていただきました。」
「え?」
振り向くと奥のカウンターに片手をあげた男性客が一人。 身なりからしてわたしは直感した。
(裏社会の男だ‥)
その男性客はゆっくりとした物腰で、微笑みながらこちらに近づいてきた。
「こんばんは、セニョーラ♪ いや、今はセニョリータかな‥?」
嫌な物言いだ‥。見透かしたようなその眼差しとともにこちらを不安にさせる。
「どちら様でしたっけ? わたし人の顔憶えるの、すごく苦手なもので‥とくにお酒の席ではね?」
「いやいや、お初ですよ。私なんざァ、ただのケミカル・マフィアですからねぇ。卿のご婦人に
お知り合いなんて居ようはずもねぇです。」
時間が止まり、すべてが凍りついた‥。 たとえ指先ひとつだって動かすことが出来なかった‥。
彼の言葉は、わたしの体中の血液を瞬間冷凍させるのに十分な効果があった。
わたしの瞳はかろうじて、彼がシガーケースから一本取り出す様を追うばかりだった。
「‥な‥? ど、どうして?」
「店の前にリムジン待たせてるでしょう? 運転手はチョイとうちの若いもんと交代してもらったんでね?
ご一緒して頂けるとありがたいんですがねぇ~。」
「そんな、‥完璧だった。 ‥だれも、だれも、知った人は居ないはず! ‥なんで!」
男はやれやれ‥といった仕草で両手を上げると、火を点けてない煙草をくわえたまま頭を横にふった。
「ここは映画の世界ですぜ? クリスマスの夜に、奇跡ってなァおこるもんだ。」
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