Nicotto Town


ぺんぎんうどん


2月自作/チョコレート『はーどたいぷ(1)』

2月自作/チョコレート『はーどたいぷ(1)』



 ざわめく教室の中。教壇の真正面という全くありがたくない席で渚は一人、黙々と携帯電話の画面に向かっていた。
 百四十という限られた文字数で、思う事をつらつらと綴ってゆく。
『あ、DM着てる……soraさん……』

<sora 雪、積ったね>

 特に何も意味を持たない、短い一言。けれど渚はこの一言に釣られて思わず顔を上げた。しばらくじっと窓の外を見つめて、また画面に目を落とす。

<nagi そうだね>

 わざわざDMでやりとりする程の意味を持たない。けれど何とはなしに渚もDMで返した。
 返事は三分としないうちに返ってくる。

<sora 今俺、弁当なう。nagiさんは? ランチ終わった?>

 特に喋る相手がいるわけでもない昼食は、あっという間に食べて終わる。

<nagi とっくに(゚~゚)午後からまた忙しいから、準備もしなきゃいけないしねぇ>

<sora そっか、忙しいんだな。無理して体壊すなよ>

 思わず、渚の口端が薄く緩んだ。

 高校の制服に包まれているが、画面の中での渚はOLのお姉さんだ。だけど嘘をついているという良心の呵責はない。相手にしても男子高校生とプロフィールに書いてはいるが、本当の所は知れたものじゃない。
 ツィッターを始めた頃、何となく姉になりすまして、彼女の洩らす仕事の愚痴や飲みに行った話などをつらつらと流しているうちに、どこからか流れてきたsoraという少年。彼とのやりとりも二年を超えた。
 つらつらとDMの交換をするうちに、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。そろそろ携帯をポケットに仕舞わないと、教師に見つかったら没収される。渚が指先で画面を待ち受けに戻すと同時に、背後できゃーっと歓声が上がった。
 クラスの殆どがそちらに振り返る中、渚はふぅと一人溜息を吐いた。
 誰もが嫌がる教壇の真正面の席。それは教室の中に集う友人が居ない証明でもあり、逆にまた、席を離れてどこへでも入っていける人気者の証明でもある。渚は主の居ない隣をぼんやりと見つめた。
 背後で歓声を上げたクラスメイトの輪に、その人は居る。いつもどこかで話題の中心になるげれど、背が低いからという理由で、席替えの時はいつもこの席に来る男の子。
 同じありがたくもない席に居る同士なのに、互いの距離は北極と南極ほどもある。その対極の彼の存在に気付く度、渚は溜息で胸がいっぱいになった。
『何で私、こんなんなんだろう』
 ただ、人と上手く話せないだけなのに、気が付くとこんなに人の輪から離れて遠く、近寄ることもできなくなってしまっていた。
 本当は話したくないわけじゃなにいのに。
 ちらりと背後を、視線だけで振り向く。
『でも、無理。絶対無理……』
 ふぅ、とまた溜息を零した。



 転機は突然訪れた。
 登校の途中、青い空の中でちらちらと雪が舞う不思議な光景の朝。新着DMを見つけて画面を開いて、渚はぴくりと一瞬指を止めた。

<sora 今月誕生日だったよね。プレゼントを手渡したいのだけど、ダメかな>

 ……『なんで?』渚の息が止まった。
 二年以上彼とやりとりをしてきたけれど、会うことを仄めかすメッセージなんて今まで一度も送られて来たことはない。去年の誕生日も、その前の誕生日もDMで『おめでとう』と言われただけだ。そしてこのまま、このweb上だけの関係が続くのだと、何とはなしに信じていた。
 なのに、なんで急に? 立ち止まったまま動かない渚の両脇を、他の生徒たちが流れるようにすり抜けていく。
『会うって……そんな、絶対無理……』
 きっと会っても、絶対に話なんかできない。それどころか初対面の相手といきなり会うなんて。『絶対に無理』思う心の角で、何かがほの温かくぽっと灯るのを感じてしまった。
『無理……でも……』
 いっそ、まったく知らない人だからこそ、何かが上手くいくことも、あるかもしれない。渚は寒さで青くなった指先を不器用に動かしながら、返信を押した。



続く→http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=1016286&aid=36626171

アバター
2012/01/30 21:13
教壇のまん前の席って、なんか罰ゲームみたいに感じます。
ネットでは、姿の見えない相手と交流してますからね
映画みたいに、会ってみるとトム・ハンクスとメグ・ライアン
って訳には行きません(笑)
アバター
2012/01/30 05:20
『with love』 路線で現代ならときとして起こりうる物語
次回の展開を楽しみに読ませていただきます
とりあえず出勤



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