Nicotto Town



台風の夜

足早に流れて行く厚い雲に覆われた空は、夕闇に包まれて行くのが
いつもより早かった。

夏絵は2階の自分の部屋の窓から、外の様子を眺めている。

昼過ぎ頃からぽつぽつと降り始めた雨は、少し強くなったりした。

吹いている風は今の所は細い木の枝が時折小さく揺れている程度だ。

しかし、台風の暴風域が目前に迫っている。

さっき見たニュースだと、太平洋を真っすぐ北上して来た台風は
今頃は四国の高知市付近に上陸した頃だろう・・・

高校生活、最初の夏休み、初日・・・

早速、台風だとかロクでも無いものがやって来た。

この調子だと、人生で一度しかやって来ない、高校1年の夏休みの
先が思いやられる・・・

夏絵は空が急速に暗くなり始める中、電気を灯していない部屋の中で
眺めながらため息をついた。

何気なく、たまたま机の棚に置いてあった懐中電灯を手に取って
それを暗い部屋の中で点けたり消したりしてみた。

目の前にはすこし先に山の斜面があってそれを少し登った所に
山を切り開いて造られた住宅地が広がっている。

夏絵は窓の外に向けて、最近特に意味も無く暇つぶしに覚えて
しまったモールス発光信号を誰に向けてと言うのでも無く
何と無く3回続けて打ってみた。

・・・ --- ・・・ (SOS)

・・・ --- ・・・ (SOS)

・・・ --- ・・・ (SOS)


・・・

雨がまた少し弱まった。

高校に入って、最初の夏休みの初日、砂地瀬(ずちがせ) 淳一は
山の斜面の途中にある、この家の2階の自分の部屋の窓から麓の方に
広がった家並みの景色を見下ろしてみた。

もうすっかり暗くなって来て家々の窓に灯が点り、すこし先の方の
線路を今の所は、まだ普通に動いている3両編成の電車の車窓の
明かりの列が海岸沿いにある街に向かって流れて行った。

今、この窓から見下ろせる光景は、雨がそっと降り続く中、静かに夜の帳が
降り様としている、町外れの家並みの 風景と言った所だ。

しかし、もう少し時間がたてば、この窓の外には、激しい雨の中、強風が
吹き荒れている光景が広がっているだろう。

夏休みに入って最初にやって来たのが、台風とは
一体、どんな夏にやる事やら・・・

そう考えると、ため息が出た。

そのまま、外を眺めながら、しばらくぼんやりしていると麓の左手に
・・・ここからすぐ真下の辺りの家の窓から、懐中電灯の光の様な
物がチカチカ点滅しているのが目に入った。

3回程、チカチカ点滅した後、少し長い間隔で3回明滅して、またチカチカと
3回点滅した。その後、それが2回繰り返された。

発光信号の様に見えるがそうだとしても、その信号を知らないので
その意味はわからない。

ただ、その発光信号(の様な光)を発信している家・・・毎朝の通学路から
それ程離れていない所にあるその家が・同じクラスの吉倉 夏絵の家だと言う事を
淳一は知っていた。

淳一はそれまで、クラスでもどちらと言えば口数が少なく大人しい存在の
彼女と会話らしい話をほとんどした事が無い。

家が比較的近いといっても、淳一は去年の9月、中学3年の2学期に大阪から
この家に引っ越して来たし、その時はクラスも違っていた。

しかし実の所を言えば、以前から淳一は夏絵の事が何と無く気になっていた。

漠然と好意に近いもの感じて、夏絵に対して密かに興味を抱いていた。

少し迷った後、伝わるかどうかわからなかったが思い切って返信して
みる事にした。

PCを立ち上げ、ネットでモールス信号一覧を検索して、和文モールスを
使って、発信内容を作成し、机の引き出しから懐中電灯を取り出した。

部屋の明かりを消して、窓を開け、家の外の外套の明かりを頼りに
メモを見ながら、懐中電灯を使って、信号を発信した。


-- --・-・ ・・・- ・・・  ・-・・ (よ し く ら か)

・・・

ぼんやり窓の外を眺めていると、山の斜面の住宅地の方からライトの
光がチカチカし始めるのが見えた。

発信している家が、クラスの砂地瀬クンの家からだったので
夏絵は心臓がドキドキして来た。

ほとんど話した事は無いけど、夏絵は去年、斜面の上の家に引っ越して来た
このクラスメートの事が密かに気になっている。

窓の外で急に雨足が強くなり、その後、強い風がうなりをあげて
吹き抜けて行った。

夏絵は懐中電灯を窓の外に向け緊張しながら返信した。

ズ チ ガ セ ク ン ダ ヨ ネ)


・・・

淳一は麓の吉倉 夏絵の家の2階から返信号が帰って来るのを見た。

ただ解読出来ず、早過ぎて書き取る事も出来なかった。

それにしても、クラスの女の子とはじめて二人だけで話す手段が
台風が近づく中での発光モールス通信だと言うのは
可笑しなものだと淳一は思った。

すっかり暗くなった外では雨が激しくなって来て、強い風が吹き始め
その度に、入り込んだ雨粒が窓ガラスに叩き付けられる様になった来た。
いずれにしても、台風がやって来ている最中にこんな事を続けている
訳にも行かない。

しかし、このやりとりが、このまま終わってしまうのは残念な気がした。

メールに切り替える事が出来ればいいのだが、淳一は彼女のメルアドも
携帯の番号も知らなかった。

そこで一か八か、PCのメールアドレスを光によるモールス通信で
最後に送ってみる事にした。

先程と同じ手順で、文面を作成し、風が止んでいるのを見計らって
窓を明け、懐中電灯のスイッチを操作して、雨がかなり激しくなって来た
外に向かって信号を発信した。

それから、窓を閉めて、PCのメールにサインインして、しばらくそのまま
画面の前で待ってみた。

その間、叩き付ける様な雨の音と、強風のうなりや、山の斜面の木の枝が
大きくしなって、葉が風に煽られる音が外でずっと続いていた。

20分後に夏絵からの返信が来た。

外で一際強い風が吹いて、轟音とトタンか何かがめくれる様な大きな音がした。

10時半頃からなら、メールで少し話が出来ると思うと夏絵が言った。

22時47分に夏絵から、再びメールが届いた。

それから、(メッセンジャー)を使って、淳一は夏絵と話を始めた。

外では激しい雨と、凄まじい風が吹き続ける中、淳一は、夏絵と夢中になって
いろんな事を話して、時間が立つのを忘れた。

話し疲れて、会話が途切れ始めた頃は、午前5時が近くなっていた。

その頃には、いつの間にか雨音は微かになっていて、風も少し弱まって
来ていた。

最後に淳一は(今日、一緒に街に行かないか)と夏絵を誘った。

少し時間を置いて夏絵から(いいよ)と言う返信が来た。

夏絵と会うその頃には、もうとっくに台風は遠くに過ぎ去っている...

(今日は暑い一日になりそうだ・・・)

PCの電源を落とした後、淳一は思った。

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2012/08/08 21:28
紫草さん

コメントありがとうございます。

台風が過ぎ去った後、こんな感じだと素晴らしいでしょうね。
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2012/08/08 21:13
sunou111さん

コメントありがとうございます。

以降の台風、全部逸れて欲しいです。
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2012/08/08 21:05
スイーツマンさん

コメントありがとうございます。

やっぱり、直接対話が一番ですね。
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2012/08/08 21:04
BENクーさん

コメントありがとうございます。

いつもストーリー構成よりは、文字数の方で苦戦してます(笑)
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2012/08/08 21:01
るるさん

コメントありがとうございます。

モールス信号、意表を突いてみました(笑)
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2012/08/08 21:00
ぼうぼうさん

コメントありがとうございます。

ギャップを意識して書いてみました(笑)
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2012/08/08 20:58
やあさん

コメントありがとうございます。

夏が始まったばかりの設定で予感を感じさせる感じで書いてみました。
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2012/08/08 20:57
ちょみさん

コメントありがとうございます。

予感を感じさせるときは、いろいろ期待しますよね。
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2012/08/08 20:55
まゆさん

コメントありがとうございます。

台風と言うのは何故か、気分を高揚させますよね。
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2012/08/04 11:42
 いいな~
 台風一過で、恋の予感^^
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2012/08/04 01:53
台風…無事に通過しました…(*^^*)
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2012/08/02 06:41
携帯はとじて
じかに
あつく語ろう!
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2012/08/01 04:23
始まりと終わりがこれほど大きく変容する作品になっているとは・・・!
二人の密かな思いが台風による偶然の行為から生まれ、伝わるという展開。そのストーリー構成の上手さに感心しました!
お見事です!(^0^)
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2012/07/31 23:28
へえ~@@

すご~い
モールス信号から始まる恋・・・(๑╹ڡ╹)╭ ~ ♡
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2012/07/31 23:06
台風と恋の予感のギャップがいいなぁと思いました。
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2012/07/31 22:44
わあ^^ 

素敵な夏の予感がしますね~^^

にんまり^^
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2012/07/31 22:37
らぶの予感ですね~>▽<
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2012/07/31 21:56
モールス信号から始まる恋ですか^^

台風は、人を興奮状態にさせるから、きっと熱く語り合ったのでしょうね^^



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