Nicotto Town



いけぶくろ日記


今日は早番だったアルバイトが終わって、外に出た時はまだ午後6時になって
なかったけど空はもう真っ暗で、ひんやりとした冷たい空気に、少し身震いする
ほどだった。

様々なネオンサインの看板や街灯、店頭からの照明に照らし出された
池袋ロマンス通りを、多くの人々が行き交っている。

晩秋から冬に季節が移り、何と無く街の雰囲気にも少しずつ年の終わりに
向かって行く慌しさを感じる。

僕は人ごみの中を同じアルバイトをしているナカムラと池袋駅の方に歩いて行った。

僕とナカムラは大学は違ったが、同い年で共に去年、それぞれの地方から
上京して来た。

「こう言う街中の人ごみを中を歩いている時、よく考えるんだけどさ・・・」

ナカムラが言った。

「今、この瞬間にここで大地震が起こったら、物凄いパニックになるだろうな。」

宮城県の太平洋岸にある気仙沼出身のナカムラはそう言って、行き交う人々を
眺め、それから周囲に建ち並ぶビルの群れを見上げた。

僕もこう言った、都会の人ごみの中を歩いている時、時々くだらない空想を
する事がある。

人ごみの中で、突然、頭のイカレたヤツが刃物を振り回して通行人を無差別に
殺傷しはじめるとか、誰かが、セスナ機かなんかで駅の向こうに見えている
サンシャイン60ビルに、体当たり攻撃するとか、なんかの映画でも無い限り
起こり得ない様なくだらない事だったが、それについては、今ここでは言わない
事にした。

駅の西口近くで、ヘルメットを被り、タオルとサングラスで顔を隠した、まるで
6、70年代の生き残りの様なセクト(新左翼の分派)の学生数人が、反原発だか
何だかの署名活動の様な事をやっていた。

「いつか、この日本で原発が大事故を起こす様な事があるのかな?」

ナカムラが言った。

「さあ・・・でもああ言った施設は、さすがに水も漏らさぬ様な安全策がいくつも
講じられているんだろう。」

特に何の知識も根拠も無く、僕が答えた。

「でもさ、もし何かの弾みで炉心に冷却水が送れなくなったりしたら、それだけで
もう完全にアウトだぜ?」

「いくらなんでも、そんな事態には・・・ソビエト辺りの原発ならまだしも・・・
いずれにしてももし原子炉が吹っ飛んだりしたら・・・」

池袋駅西口の階段を降りながら僕は言った。

「地図を書き直さなきゃならんな・・・」

僕はそう言いながら、僕らみたいな、ノンポリ(政治的無関心)学生が、何を言った
ところで、どうにもならない様な気がした。

赤羽線で、十条まで帰るナカムラが国鉄の切符うりばで切符を買い
駅員が入鋏のパンチを引っ切り無しに動かしている改札口に向かう
列に歩いて行くのを見送ると、僕は反対側の東口の方へ向かって行った。

パルコ前の出口に向かう階段を昇りながら、僕は財布を取り出して中身を
調べてみた。

札入れには、今月の初めに発行されたばかりの、鮮やかな青さをした
夏目漱石が描かれた千円札が一枚と五百円札が一枚、後はジーパンの
ポケットに小銭が少々入っている。

駅前に出て、本当はそのまま真っ直ぐ首都高5号線の方に向かって歩いた方が
早いけど、ちょっと遠回りして、サンシャイン通りの方をぶらぶらしながら
帰る事にした。

葉の落ちた街路樹の枝に電飾が施され、通りには少しずつクリスマス前の雰囲気が
漂い始めていた。

薬屋の店頭にあるラジカセから、サザンの「ミス・ブランニュー・デイ」が流れていた。

どこからともなく、デュラン・デュランの「ザ・リフレックス」も聴こえて来る。

僕は通りをサンシャイン・ビルの方へ向かって歩いて行った。

一月ほど前、サンシャイン60ビルの近くにある、ファミリーマート」埼玉・城北地区本部
のポストに、今年の春から世間を騒がせている(かい人21面相)が青酸ソーダ入りの
「ミルクキャラメル」と「ドロップ」を投函して、ちょっとした騒ぎになった。

僕はサンシャインビルの手前の交差点で右の方へ曲がって首都高5号線の高架下の
通りの方へ出て、護国寺の方へ向かって歩いた。

東池袋4丁目の停留所から走り出した、早稲田行きの都電が通りを横切って雑司が谷の
暗がりの方に走り去って行くと、信号が青に変わって僕は線路を渡って、しばらく歩いて
通りから狭い路地の方へ入り、自分が暮らしている古い木造アパートに辿り着いた。

見上げてみると薄い青色のカーテンが閉まった2階の僕の部屋の電気は点いていた。

僕は裸電球の灯った玄関に入ってから靴を脱いで靴箱に入れ、スリッパに履き替えて
木の階段を昇った。

階段を昇って3番目にある四畳半一間の23号室、それが僕の部屋だ。

「ただいま」

部屋のドアを開けて僕が言った。

「おかえりなさい」

部屋の中にいたフミ子が言った。

僕とフミ子は、彼女が作った鮭の入ったクリームシチュウと電気釜で炊いたご飯で
晩御飯を食べた後、ティーバッグで入れた紅茶を飲んでしばらくぼんやりしていた。

「ようやく、コタツのある生活が送れる様になる・・・」

マグカップに入った紅茶を飲みながら僕が言った。

「あともう少しの辛抱だね。」

取っ手のついたマグカップを両手で抱える様にしているフミ子が答えた。

今までは、折り畳みテーブルの側に置いた小さな電気ストーブで何とか乗り切って
来たのだが、金曜日には僕のアルバイト料が入るので、今度の日曜日には二人で
電気コタツを買いに行く事にしている。

10時近くになってから、二人で近くの銭湯に出掛けた。

石鹸箱やらシャンプーの入った洗面器にタオルを載せてそれをお互い手に抱えて
アパートを出た。

路地を通りとは反対の方に並んで歩いて、小さい商店街の方に出ると銭湯は
すぐ右手に見えた。

のれんの所でフミ子と別れて、男湯の玄関の所で靴を脱ぎ、下駄箱に入れて番号の
付いた木製の差し込み式の鍵を抜いた。

それから、番台にいるおばさんに250円払ってから、脱衣ロッカーに向かった。

浴場の洗い場の椅子に座り、頭と体を洗ってから、湯船に浸かった。

日に日に寒さが厳しくなって来るにしたがって、このひと時がたまらなくなって来る。

湯船の壁面のタイルに描かれた庭園の池に泳ぐ錦鯉を眺めながらつくづくそう感じた。

銭湯を出てから、前の路上でフミ子が出て来るのを待った。

ここ何日かそうでもなかったが今夜は冷え込みが厳しい夜だった。

本格的な寒さがやって来るのはもう目前だろう。

厳しい季節を目前にして、将来の事は何もわからず、世の中はこの先どうなるのか
わからない。

僕は都会の片隅の寒々しい狭い部屋でつつましい生活を送っているけど、フミ子が
側にいてくれるおかげで、温かみのある日常を過ごし、平穏な心で一年を
終わる事が出来そうだった。

振り返るとまだ窓の明かりが半分位、灯っているサンシャイン60ビルが夜空に
向かって聳え建っていた。

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2012/12/05 20:47
マカロニほうれん荘が流行っていたかなあ。東京在住の叔母の案内で、私は、恐竜展・オリエント展をみていたような
そのとき、未来に対して絶望は抱いておらず、いまも抱いていない私。

ツインビル・秋葉の事件・原発のことを匂わせる言葉。日本文明も、何回か滅びそうな時期があった。けれども知恵をだしあって乗り切ってます。がんばりましょう^^
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2012/12/04 20:51
現在(2012年付近)と思わせてミスリードし、
一気に読み手を過去に引きづりこむーすごいです。。。

若い方が、時代トリップできるワードがもう少しあればと、思いました。
(都会知らないけれど、バブルの象徴の「ディスコ」とか、でしょうか)

年代的に、、かいじんさんの文章はノックダウン級です(^^;
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2012/12/03 21:13
銭湯~^^

結婚前に住んでいたアパートはお風呂がなかったので、ピンクの洗面器に着替えやせっけん、
タオルにシャンプーを入れて、通ったものです^^

今から二十数年前で、入浴だけだと200円、シャンプー込みだと女性のみ220円だったのを覚えています^^
夫と知り合い、たまに泊まりに来るようになってからは、神田川そのままにふたりで行ったのも懐かしい思い出~^^
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2012/12/02 22:51
 国鉄、入鋏、銭湯、炬燵…

 私は今、池袋に一番よく出かけるので、全く違う風景に驚いてしまいました。
 でも、こんな感じの街だったんですね~

 変わらないところもあり、変わったところもある。
 二人の炬燵を待つ雰囲気が、すごくよかったです。
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2012/12/01 12:46
何て言うか……
何もかもが懐かしすぎて……
あ、涙が…ww
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2012/12/01 07:59
時代はきっとバブル前の牧歌的な80年代ですね.
その10年後、日本経済は先の見えない氷河期に突入だから、
ある意味、一番良かった頃のサチコとイチローさん♪
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2012/11/30 22:51
神田川かあ、懐かしい~
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2012/11/30 21:56
半世紀くらいが、10年単位くらいで、モザイクになっているような世界観ですね。

おもしろい雰囲気が出ていると思います^^
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2012/11/30 21:46
おお@@

なんでしたか?「神田川」?ぽい雰囲気ですね・・

つつましい中にも小さな幸せがそこにあるような

かいじんさん凄いですね~♪やっぱ欠点が欠けてるわ~@@
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2012/11/30 21:37
色々どうにもならないこともありますが、
ひとつひとつ心配していたら身動きが取れなくなりそうですよね…。
なんだかリアリティのあるお話ありがとうございました(´・ω・`)



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