Nicotto Town



海とコンビナートの見える喫茶店(後編)

    (前編からの続き)

僕と渡部先生は店の中に入ると、海と石油コンビナートがよく見える窓際の
テーブルに向かい合って座った。

渡部先生が上着を脱いだ時にスリムな体型にぴったりとしたセーターから
胸の形がはっきりして僕は少しドキッとした。

ウエイトレスが注文を取りに来て、二人ともホットコーヒーを注文した。

「何か食べる?」

と先生に聞かれた時、テーブルに立て掛けてあったメニューにハムサンドやら
ミックスサンドとか書かれているのが目に入ったけど結局、遠慮した。

少したって、コーヒーが運ばれてきた。

渡部先生はコーヒーに角砂糖を一つ入れて、その後小さい容器に入ったミルクを
入れて、カップをスプーンでかき回した。

僕はいつも家でコーヒーを飲む時は角砂糖を2つ、時には3つ位入れてミルクも
あれば入れられるだけ入れたりしていたけど、今日はブラックで飲もうとか
少し考えた後、結局角砂糖を一つだけ入れた。

・・・

「川本君、学校でいつも一人でおるなあ。」

コーヒーカップを手に取り、それを飲みながら渡部先生が言った。

僕は何と言えばいいのか、よくわからず上手く答えられなかった。

「学校で一緒に遊んだり、お話をしたりする様な友達はおらんのん?」

「ええ、まあ・・・」

僕は決まりの悪い感じで曖昧に返事をした。

渡部先生は小さいため息をついた。

「あんなあ、川本君、いつまでもそんなんじゃったら、いけんのよ。」

渡部先生が言った。

「もっと、いろんな子と、いろんな話をしてみたりとかせんと・・・
ずっと一人じゃったら、いつまでたってもほかの人との付き合い方とかが
わかる様になれんのんよ。」

渡部先生はそう言って、またコーヒーを一口飲んだ。

「自分の目で、いろんなものを見てみたりしないと、世の中の事が本当には
あまりよくわからないみたいにですか?」

僕がそう答えると、渡部先生はメガネの奥の目を少し見開らかせ、それから
手に持ったコーヒーカップを置いた。

「まあ、そういう事じゃねえ・・・」

渡部先生が言った。

窓の外は相変わらず厚い雲が空を覆っていて、雨か雪が降り出してもおかしく
ないくらいだった。

「川本君は、将来、なりたいものとかあるん?」

渡部先生が言った。

僕は今までそんな事を考えた事はほとんど無かったけど、その事について
しばらく考えている内に、なんとなく渡部先生の関心を引きたいと言う気持ちに
なった。

「映画を作ってみたい。」

僕は言った。

渡部先生の方を見ると、その答えは先生の興味を少し引いたみたいだった。

「どんな映画を作りたいん?」

渡部先生が言った。

そもそもが思いつきで言った事だったので、そんなイメージとかがある筈も
無かったけど、僕は頭を最大限に回転させながら必死に考えた。

「銀行強盗の話・・・」

行き当たりばったりで僕は答えた。

「その話、何か興味があるなあ・・・」

渡部先生が少し身を乗り出して言った。

もはや、こうなると僕は問われるまま、思いつくままに、口から出まかせを
続けて行くしか無かった。

・・・

ある若い男が、銀行を襲って現金を強奪する事を決断する。

周到な犯行計画を立て、入念な下調べをした。

犯行の当日、男は目標の銀行に向かって歩いて行く。

銀行の目前で男は、高校の時、密かに想いを抱いていた女性と
再会してしまい、結局その為に犯行を断念する事になってしまう。

その日以後、男がその女性と会う事は無かったが、それからしばらくたった
ある日、男はその女性が自分の恋敵を殺害した容疑で現在も逃走中で
ある事を知る。

彼があの日、彼女に会ったのはその犯行が行われた直後の事だった・・・

・・・

「何て言うか、人の運命は、その先がどうなっているのか、よくわからない
と言う話です。」

どうにか最後まで話を続ける事が出来た僕はそう言って話を締めくくった。

僕の話が終わった後、渡部先生はコーヒーカップを持ったまま、しばらく
僕の顔を眺めていたけど、やがて気がついた様にコーヒーカップを
テーブルに置いた。

窓の外はどんより曇っていて、風の為にいつもより少し波の高い海面は
暗い色をしていた。

埋立地に石油タンクがいくつも並び、赤白の煙突が聳え立ったその下に
何本ものパイプが縦横に走っている光景も今日は何だか陰鬱に映った。

窓の外は寒々しい景色だったけど、店の中は暖色の照明が灯って暖房が
効いていたし、何より渡部先生と向かい合って話をしている事で、何だか
心が暖まった。

・・・

山の桜はもうほとんど散ったけど、暖かい春の陽射しがとても心地よかった。

先週、四国に通じる橋が開通して、町ではまだお祭り気分の空気が続いている。

僕はこの春で中学2年になった。

今日は土曜日で、午前中の授業が終わった後、自宅に帰らずにそのまま友達の
自転車の後ろに乗って、半島の反対側に抜ける道の坂の途中にある、友達の家
に寄った。

帰りはバスで町まで戻る事にして、僕は春の陽射しを受けながら、バス停で
バスが来るのを待っていた。

しばらくすると、坂の上の方の住宅やマンションが何軒か建っている辺りから
赤ん坊を抱いた若い女の人がこちらの方に歩いて来るのが見えた。

その女性の姿がだんだんはっきり見える様になって来て、僕は少し驚いた。

歩いて来たのは何年ぶりかで見る渡部先生だった。

今は、たぶん、違う苗字になっているのだろう・・・

「久し振りじゃねえ。」

小学4年の時、僕が生まれてはじめて恋心みたいなものを感じた女の人が言った。

銀行強盗の話はその後、書く事が無かった。

                (おわり)

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2013/02/11 07:17
う~む。いい思い出!
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2013/02/11 03:18
銀行強盗の話
書かないかわりに恋心を抱かせた先生
すばらしくもあり、ちょっと罪づくりにも感じました
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2013/02/03 09:38
大人びた少年だったんですね~^^
早熟というか・・・。

銀行強盗の話、続編がなくてよかったです・・・^^
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2013/02/02 18:32
映画(予定)の男と女の話と 僕と渡部先生。。人間の縁や運命って面白いですね。
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2013/02/01 09:50
ほんの少し切ないけれども、ほんわかとした、終わり方
銀行強盗の映画よりも、素敵な大人になる第一歩というところでしょうか
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2013/01/31 22:22
やたら大人びた孤独だった少年も
中学生になって友達もできて、ちょっとほっとしました^^
今は標準語も減って地元の方言を使っているのでしょうか。
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2013/01/31 20:18
背伸びしたませた小学生が可愛いですっ

最後は、ちょっとした失恋模様w
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2013/01/31 13:30
短編に世界観がしっかりあって、引きづり込まれました。
主人公の考えたお話も、独立させて読んでみたいです。
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2013/01/31 11:38
緻密な風景描写を中心にした淋しいけれど大人っぽい小学生と優しいけれど子供っぽい先生の話・・・少年の内面が細かく描かれてるところに感心しました。(^0^)
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2013/01/31 08:03
10歳にしちゃ随分大人びた内容の映画ですねー!
口からでまかせでもそこまで言えるなら大したもんですw
精一杯背伸びしてた頃の自分がふと蘇ったラストでしたね。
男の子の初恋ってこんなかんじかな?
なかなか友だちに溶け込めずぽつねんとしてる様子がとてもよく描けていたと思います^^
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2013/01/31 00:18
なんかこのお話長く続きそうなふんいきですね~

アメリカで見た石油コンビナートはオレンジ色のイルミネーションだけしか見えなくて

何ともさびしい雰囲気だったわ~ 日本じゃ他の色もあるでしょうに
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2013/01/31 00:05
ちょっぴり、背伸びをした少年の雰囲気が伝わって来ました^^
銀行強盗の話を書かなかったのは、初恋が終わったからですか?





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