★　記念日とコニャックと　★



やぁお嬢さんこんばんわ。
あれ？　今日はお一人ですか？　彼氏はお仕事で？
……まだ喧嘩中？　あれからずっと会ってないんですか？
連絡もしてないの？　今回はまた長いですねぇ
もう一か月くらい経つんじゃないですか？　そろそろ連絡してみたら？
彼ももう何で喧嘩したかなんて、忘れちゃってるんじゃないかなぁ
うちですか？　あぁ、うちはいいんですよ。
酒扱ってる店ですからね。
笑って呑む人も居れば呑んで泣く人も居るし、当然喧嘩になっちゃう人も居ますからね。
あの日は騒いじゃってごめんなさいって……だからもう気にしないで。
そんな事より、仲直りする事を考えなきゃ。

とりあえず何か呑みますか？
春らしいカクテルでも作りましょうか。
そんな気分じゃないです？
まぁ確かに、いつもお二人で仲良く呑んでらしたのに、一人じゃ『春らしい酒』なんて気分にはなれませんよね。
じゃぁとりあえずビールでも出しましょうかね。

あの喧嘩の後急に彼の会社で新しいプロジェクトが始まって、忙しくなったんですか。
そうそう、そういえば最初はそんな話で乾杯してたんですよね。
まぁ、タイミングが何か悪かったんでしょう。
喧嘩ってのはね、タイミングですよ。
ちょっとしたココロのズレで、普段気にならない事が気になっちゃったり、苦しくなったり。
お酒の勢いってやつもありますしね。
しょうがないですよ。
お二人とも、キャリアのあるバリバリの仕事人なんだから、それぞれプライドもあるし、譲れないことだって、ね。
仲直りもタイミングですよ。
それとね、喧嘩の始まりが酒の勢いなら、仲直りの役にたつのも酒ってもんで。
どうです？　今からでも電話して、一杯誘ってみたら？
忙しいかも？　大丈夫、きっと彼もそろそろ貴女の声が懐かしい頃ですよ。

……はい？　ビールもう一杯？

やっぱり彼に一度連絡しなきゃダメですよ。
いつもだったらそんなピッチで呑まないのに、らしくないですよ。
え？　何でそんなに仲直りさせたがるのって？
うーん、困ったなぁ……急かせたみたいだったかなぁ……
実は三日前に彼氏が一人で来ましてね。
来月になって貴女が来たら、渡してほしい物があるって頼まれたんですよ。

「カルバドス」

来月誕生日なんだって？
ちょっと気が早いけど、おめでとうございます。
彼、忙しくても忘れてなかったんですね。
こんなイイ物を用意してくれてたんですよ。
これって、貴女の産まれた年ですよね。この年代物を探すのは大変だったと思いますよ。
生まれ年のワインを誕生日や子供の二十歳のプレゼントにするって話はよく聞くけれど、
カルバドスでそれをやるって方は少ないでしょうねぇ。
なかなかやるじゃないですか、彼。

ご存じでしょうがカルバドスはリンゴが原料のコニャックでね、この年の物はちょっと酸味があって、
好みが分かれるらしいんだけどなかなか良い出来だとうかがってますよ。
彼氏、前回の仕事が認められたそうで、来月早々に長期でヨーロッパに行く事が決まったらしいですよ。
あ、やっぱりご存じなかった？
貴女の誕生日には日本に居ないから、直接渡せないのでって頼まれたんです。
でもそれまでは貴女が来ても何も言わないように、とも頼まれたんですけどね……あはは、喋っちゃったなぁ。
きっと今日貴女が居らしたのも、彼の渡欧前に仲直りさせるように、キューピットが導いてくれたんですね。
って、こういうセリフは照れますね。

どうします？　なんならアタシから電話しましょうか？
だから、迷惑なんて気にしなくていいんですよ。
あなた達とはアタシが修行してた前の店の頃からのお付き合いじゃないですか。
あの店であなた達がお付き合いを始めてから、何回喧嘩と仲直りに巻き込まれたと思ってるんですか。
今さらってもんですよ。
ほら、そんな顔しないで、記念のボトルは二人で開けなきゃね。
カルバドスによく合うチーズ、サービスしてあげますから。
アタシの損得はご心配なく。
彼氏が渡欧したら、仕事の合間にワイン探して走り回ってもらうつもりですから。




ちゃんちゃん