Nicotto Town



いちご白書を一度 (前編)

午後四時を大分過ぎたけど、五月半ばの陽射しはまだ照りつける様だった。

軽便鉄道の古い木造の駅舎は老朽化が進んだというよりは、もはや半ば
朽ち果てかけていた。

外観も、中の様子も、一見、廃駅の様に見えるけど、僕が町に引っ越して来てからの
一月半程の間に、町からこちらの方角に1両とか2両連結の古くて小さな電車が
狭い線路の上をゴトゴトと音を立てながら、走って行くのを何度か見かけているので
町から少し離れたこの駅も、駅として活用されているのだろう・・・多分。

僕はがらんとして少し蒸し暑く感じる駅の待合室の中で、一人、木製のベンチに
腰掛けてぼんやりとしている。

目の前の色のくすんだ壁の上の方に掛かった時計は9時40分頃で止まったままに
なっていて、その下に黒い板に、手書きで白く記された列車の時刻表が掲げられている。

それを見ると、町と半島の南の小さな港の間を一日7往復している電車は、上下とも
大体2時間おき位にこの駅に到着する事になっている。

次に南の港に向かって行く下りの電車がこの駅に着くのは16時45分だった。

もうすぐ、ここに同じクラスの市原明子がやって来る事になっている。

僕にはまだその事がはっきりとした実感として感じられないでいた。

でも、ほんの1時間ほど前に、彼女とここで待ち合わせる話をしたばかりだから
彼女はもうすぐ、ここに来るのだろう。

しかし僕にはやっぱり、彼女が実際に来てみないと、先ほどの出来事が
実感として感じられなかった。

・・・

今日、学校の帰り道、僕は町の商店街の本屋に寄って、店を出た時に
店の前で下校途中の市原明子にばったり会った。

4月の中学3年の始業時に姫路から転校して来た僕は、この町に来てから
学校の外でクラスの女の子と出くわしたりするのは初めてだった。

僕と市原明子はクラスで同じ班にいて、席は隣合っていた。

そういう訳で、店の前で少し立ち話をした。

彼女の家は町から南に外れて、瀬戸内海がよく見える展望台がある半島の
山に向かって行く方角の途中にあると言う事だった。

僕はこの町に引っ越して来てから、まだその展望台のある山には
行って見た事が無かった。

「海や島が良う見えて、景色がええけえなあ。 
 いっぺん、行って見たらええわあ。」

市原明子が言った。

「・・・今度の日曜とか、もし不都合じゃなかったら、一緒にその展望台に
行ってみん?」

僕は言ってみた。

僕は中学3年生で7月には15歳の誕生日を迎える事になっていたけど
女の子をデートに誘ってみたりするのは、その時が初めてだった。

「私と一緒に? ・・・川本君と二人で?」

市原明子が驚いた表情で聞き返した。

彼女はしばらく考え込む表情だったけど、その次に表情を少し曇らせた。

「今度の日曜は、ちょっと家で手伝いとかがあるけえ、駄目じゃわあ。」

市原明子が言った。

「そうなん・・・」

(・・・言わん方が良かったかのう?)

と、僕は思った。

「・・・もし、何じゃったら今から一緒に行ってみる?」

少したってから、市原明子が言った。

「今から?」

僕は少し驚いて聞き返した。

「うん。・・・ほいじゃけど自転車じゃあ、よう登って行かれんけえ、電車で山の近くの
駅まで行って、そこから登って行くしかないわあ。

その前にいっぺん、家に帰って着替えて来んといけんけど。」

そういう訳で、僕と市原明子は家で着替えて来る為に、一度そこで別れて
彼女の家に近いこの駅で待ち合わせる事になった。

・・・

午後四時半を少し回った頃、待合室の外に私服に着替えた市原明子が自転車に
乗ってこちらの方に近づいて来るのが見えた。

私服姿の彼女を見るのはもちろん初めてだった。

普段、学校の教室で見ているのと、違う雰囲気に僕は内心少し緊張した。

待合室の中は少し熱気が篭っていたので、僕と市原明子は待合室を出て
ホームの方へ出た。

ホームの下の線路の向こう側には、この軽便鉄道が昔、ずっと北の方にある町まで
伸びていた頃の名残で列車交換の為のもう一つのホームが残っているけど
今は使用されていない為に草むらに囲まれている。

そのホームの下の線路が撤去された跡には、雑草が生い茂った中に、どういう訳だか
古タイヤが1メートル程の間隔で並べられていた。

やがて町の方角に向かって伸びている幅の狭い線路のずっと先の方から
白い車体に赤いラインの入った、1両だけの小さな電車がコトコトと
小さく揺れながら、こちらに向かって近付いて来るのが見えた。

電車がホームに入って来て、開いたドアから乗車してみると、空いているのに
少し窮屈さを感じさせる車内の雰囲気は、この電車の小ささを外から見るよりも
より一層実感させた。

僕と市原明子が車内に乗り込むと、運転士が音の出の悪いブザーを短く鳴らして
ドアを閉めて、電車は再びゴトゴトと動き出した。

車内には運転士の他には老婆が一人と、小さな子供を二人連れた中年の女性が
乗っているだけだった。

僕と市原明子はロングシートの座席に並んで座った。

目の前を見ると反対側の座席の斜め前に座っている老婆との距離が
やたら近く感じて、まるでクロスシートの座席に向かい合って座っている様に
感じるほどだった。

反対側の窓の外を流れて行く景色もやっぱり近く感じる。

「まるで遊園地の電車を少し大きくしたみたいだ。」

僕は言った。

「ウチもこの電車に乗るのは久し振りじゃわあ。」

市原明子が言った。

線路は山にぶつかる手前で大きくカーブを描いて、電車はその少し先の
路面電車の停留所ほどの小さな駅に止まった後、やがて山に沿った
ゆるやかな勾配をモーター音を上げながらゆっくりと登って行った。

しばらくすると、窓の外の右手の方に、すっきりとした青さの瀬戸内海が
広がっているのが眼下に見えて来て、左手の方に僕らの暮らしている町の
町並みが眺める事が出来た。

海の少し沖合いの方には三角錐の形の島と、鯨が浮かんでいる様な形をした
島が見えた。

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2013/06/03 02:47
美しい情景描写
美少女からのお誘い
なにか切なそうなおわりの予感がすのは
なぜでしょう…
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2013/06/02 13:44
三角錐や鯨みたいな島、ちっちゃめの路面電車、まさに遊園地みたいな風景
にゃあああ…
最高のロケーションでデート!
これは次回にキス?
にゃあああ…
(↑一人で盛り上がるのだにゃん)
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2013/05/30 14:46
三角錘のかたちの島は、ひょっとして三島由紀夫の潮騒の島~?^^
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2013/05/30 09:26
わたしも。^^
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2013/05/30 07:51
市原さんはなかなか積極的な方ですでね。
後半を楽しみしてます^^



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