Nicotto Town



いちご白書を一度 (後編)


電車は瀬戸内海と僕らの暮らしている町の遠景を眼下に眺めながら、
山に沿ってずっと走り続け、やがて半島の先端に近い場所にある
駅に到着した。

僕と市原明子が車内で電車賃を払ってその駅のホームに降り立った時には、
もう太陽はだいぶ西に傾きかけていた。

僕らは駅を出て山の斜面の階段を降りていって、少し下を走っている海岸通りの方へ
出て、そこから展望台の登り口がある方に向かって歩いて行った。

展望台まで歩いて登っていくまでの間、僕は市原明子はいろんな話をした。

僕は前の学校にいた頃から、クラスの中では目立たない方だったしクラスの女の子と
親しく会話をする様な事なんて、それまで殆ど無かった。

大体、いつも一体何を話せばいいのか、よくわからなかったし、上手く言葉が
出て来なかった為に、そういう時には大抵の場合、意味も無く緊張した。

しかし今の学校に転校して来て、市原明子とだけは、どういう訳だかごく自然に
普通に話す事が出来た。

僕がクラスの女の子にそんな風に接する事が出来たのは、彼女が初めてで
そのおかげで、僕は学校で過ごす時間を、それまでとは違った気分で
過ごす事が出来た。

・・・

展望台に着いた時にはもう陽は、ずっと西の方の霞んでいて水平線とも
地平線ともつかない辺りの真上くらいの所にあった。

今日が平日だからなのか、閉店時刻が早いからなのかわからないけど
展望台の近くにある売店のシャッターは降りていて、自動販売機が
並んだ辺りにも展望台の方にも、誰もいなくて周囲はがらんとしていた。

僕らは展望台の方に行って、そこから見える風景を眺めた。

西の方の海面の夕日を反射させいる部分の波がきらきらと光って見えて
その方角にある、たくさんの島が影になってくっきりとした輪郭で見えた。

展望台のすぐ真下の辺りの海上を貨物船が航跡を曳きながらゆっくりと
東に向かって進んで行った。

東の方の海は淡い青さで静かに広がっていて、淡い陽光を受けたいくつかの島が
うっすらとした青さで見えた。

そのずっと向こうには四国の山並みがずっと遠くの方まで広がっている。

温かみのある色合いと静けさが入り混じった景色の中で時間はゆったりと
穏やかに流れて行った。

市原明子は肩までの髪を風に靡かせながら、食い入る様に目の前の風景に
見入っていた。

「まるで映画の一シーンを観ているみたいだ」

僕は言った。

「ほんまに、映画とかに出て来る風景みたいじゃなあ」

僕は他に誰もいない展望台で、彼女と二人っきりで夕暮れの海を眺めている事が
何だか現実から切り取られた、特別な時間の流れみたいに感じて、そう言った
のだけど、その事はどうも上手く言えそうも無かったので何も言わなかった。

「川本君は、映画とか観るの好きなん?」

しばらくして市原明子が僕に聞いた。

「そんなにたくさん映画を観たりとかはしてないけど、映画を観るのは
好きかな」

僕は答えた。

「(いちご白書)って映画観た事ある?」

「(いちご白書)って、あの歌に出て来るやつ?」

僕は(いちご白書)って映画がある事は、歌で知っていたけど、実際にそれを
観た事は無かった。

僕は何と無く、その映画は歌の歌詞のイメージから悲哀を描いた恋愛映画
なんだろうと思っていた。

「ウチも、どんな映画なんか、よう知らんけどいっぺん観てみたいわあ
って思うんよ」

市原明子が言った。

そう言えば僕もあの曲を聴く度に、(いちご白書)と言うのがどんな映画なのか
よく気になった。

ビデオ店に行けば、すぐ借りられるのだろうけど、出来ればそれが再上映される
事になって、僕はその映画を彼女と一緒に見に行きたいと思った。

出来る事なら、これからのたくさんの時間をいろんな場所で彼女と一緒に過ごして
みたいと感じた。

「・・・急に決まった事なんじゃけどなあ」

少したって市原明子が言った。

「ウチ、来月九州の方に転校する事になったんよ」

僕は驚いて市原明子の方に振り向いた。

彼女は展望台から見えるずっと先の方、対岸の遥かに霞んで見える四国の
山々の上に広がった空の辺りをじっと眺めていた。

「そうなんか・・・」

僕はそう言った後、次に何と言ったらいいのかわからず、なかなか言葉が
出て来なかった。

「そうか・・・それは寂しくなるなあ」

しばらくしてから、ようやく僕は言った。

「ウチは、生まれてからずっとここで育って来たけえなあ。
ここを離れる事になるんはほんまに寂しいわあ」

僕は何だか心の中に空白が拡がって行くのを感じながらも、僕自身
つい最近転校して来たばかりなので彼女の気持ちはわかる様な
気がした。

「市原さんが遠くに行くんは残念じゃけど・・・向こうに行ったら向こうで
また新しい楽しい事がたくさんあるじゃろう」

彼女と同じ方角を眺めながら僕は言った。

・・・

結局、僕らは電車だとかなり帰るのが遅くなってしまうので、刻々と夕闇が
迫る中を歩いて山を下りて海岸通りを自転車を置いた駅まで戻って行った。

その途中、競艇場の所まで来た時にはまだ空は結構明るかった。

今は開催期間中じゃ無かったし中の建物にも人がいる様子は無くて
がらんとしていた。

通用門のゲートの格子の間隔の幅が僕なら潜り抜けられそうな気がしたので
僕はそこを潜り抜けてみようとした。

頭は何とか抜けられたけど無理そうだったので結局諦めた。

しかしその後、僕は頭が格子から抜けなくなってしまい、しばらくの間、
僕は頭を格子に突っ込んだまま必死にもがき続ける事になった。

その間、市原明子は僕の無様な姿を見て腹を抱えて笑い続けていた。

「あー可笑しかった。 ・・・あの変な格好、何か忘れられんわあ」

何とか頭を引き抜いて再び歩き出した時もまだ市原明子はしばらくの間
笑い続けていた。

その後、最後に途中にあるラーメン屋でラーメンを食べたりしたので
駅まで戻った時にはもう真っ暗になっていた。

「何か遅くまでつき合わせちゃって悪かったなあ」

僕は謝った。

「ううん、今日は何かいろいろと楽しかったし、転校する前にええ思い出が
出来たわあ」

市原明子が言った。

そして僕らはそこでわかれて、闇の濃くなった5月の夜空の下をそれぞれの
家に帰って行った。

・・・

一ヵ月後、市原明子は北九州の方へ転校して行った。

僕が初めて(いちご白書)を観たのは高校を卒業して大学生になって上京してからの
事だった。

彼女はその後、(いちご白書)を観たのだろうか。

そして、彼女はあの時の事をまだ覚えていたりするのだろうかとか考える。

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2013/06/16 17:30
市原さん、いい思い出ができたのでしょうね
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2013/06/14 17:51
いちご白書みたことがあります
映画と松任谷由美の歌の世界とはまた違うというか
それぞれに甘酸っぱいせつなさというところなのでしょうね
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2013/06/02 23:34
私も観たことないです「いちご白書」。
歌なら知ってるけど~!
しかし、岬があって、可愛らしい電車が通っていて、とっても素敵なとろこですねー^^
かいじんさんの住んでいる町ってこんなとこなのかな?
ちょっと「魔女の宅急便」の町を思い出しちゃった^^
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2013/06/02 20:47
恋になる前に別れが来てしまうと言うのも切ないですね。

いちご白書は、映画より歌の方が有名かな~^^
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2013/06/02 17:54
淡い恋心を振り返って懐かしむ。

若いっていいですよね~^^
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2013/06/02 16:08
 私もね。これと同じ台詞を言ったことがあるの。
 そして、やっぱりレンタルではなく映画館で観たいと思ったんですよ。
 彼の感覚っていいな~
 二人の距離間もすごくいい^^
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2013/06/02 14:05
う、せつない
ゆえに青春…
映画みたいなお話でした
市原~って昔の映画女優さんに
いたようないないような
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2013/06/02 06:46
物語に出てくるような展望台に行ったことがありました。
対岸は坂手、その間に連なる島々、太古の昔からあった海の道。
とまあ、想像の中だけにあった景色に思いをはせていたら、、

なんと@@! とつぜんこの物語設定が見えてきた^^
かいじんさん、白書のいちごというよりか、
この物語は一期一会のいちごの話なんでしょ♪^^ やられた感~
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2013/05/31 23:31
海の近くって良いなあ。
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2013/05/31 22:18
青春は切ない~;;
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2013/05/31 21:51
描写が細かくてビックリしました@@

切ない気持ちがなんとなく伝わってきて

映画を見てるみたいでした^^
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2013/05/31 21:00
最初の一行から「ノスタルジィー」で一気に話に引っ張りますね。

かいじんさんのお話は、隙がないー完成されてるという気がします。
ぶっちゃけ、素人に思えないんですよね。。。



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