Nicotto Town



朝顔 (後編)


「今、考えりゃあ高校生活なんかあっと言う間に過ぎて行ってしもうた気がするのう」

桐島マモルがしみじみといった表情でそう言ってビールを飲み干したジョッキを
テーブルに置いた。

手書きでメニューと値段が書かれた貼紙が並んだ壁の端の柱に掛かった時計を
見ると、夜の九時が近付いていた。

まだ、夕刻にはまだかなりある時間から、鉄板焼きの店で食事しながら飲み始めた。
(酒の飲めない吉原有里子をのぞいて)

その後、カラオケでも3人で飲み続け、僕は帰りのバスが午後七時四十分で終わって
しまうので、カラオケを出た後そこで一度お開きになりかけたのだが、一人だけ車で来ていた吉原有里子が「ウチが車で送っちゃるけえ」とか言い出した。

僕と吉原の家はここから正反対の方向にあるし、「いくらなんでも悪い」と言ったの
だけど、「今度いつ4人揃うかわからんのじゃけえ」とか、一人だけシラフなはずの
の吉原が幾分目を据えて言うので結局、その後居酒屋に入った。

「気がついてみたらあれから一年以上たっとるんじゃなあ・・・ホンマに早いモンじゃわあ」

相原美佐子が桐島マモルに同意して言った。

先ほどまで、僕ら4人は将来どうするのかと言う事について話していた。

この町の少し外れの丘の上にある高校を卒業した後、桐島マモルは大阪の私立大学の
経済学部に入学した。

相原美佐子はこの町からJRで30分程の距離にある地方都市の
女子大の英文科に自宅から通い、吉原有里子も、この町から近い所にある地元の
短期大学の保育科に通って保育臨床を専攻している。

桐島は卒業後は企業に、相原は教育関係、吉原は保育士と3人とも卒業後の事は
大体決めている様だった。

しかし実の所、特に何も考えずに、あまりぱっとしない東京の私立大学の法学部に
入った僕だけは、大学2年になり、先月二十歳の誕生日を迎えたにもかかわらず
自分の将来の事なんて、全く何も考えていなかった。

「アンタは高校の時から何を考えとるんか、ようわからんかったけど、ホンマは
何にも考えとらんのんじゃなあ」

吉原有里子がそう言って苦笑いした。

・・・

「今度は来年の正月にでも、また4人で会おうや」

桐島マモルが言った。

「それじゃあ、今度また会える時までみんな元気で頑張りましょうね」

相原美佐子が言った。

JRの駅前で僕らは別れ、駅の反対側に出て歩いて10分ほどの所に家のある桐島と
ここから、2駅先にある自宅に帰る相原美佐子は駅の方に手を振って歩いて行った。

二人と別れた後、僕と吉原は彼女のスズキMRワゴンが停めてある駐車場まで
歩いて行った。

「ホンマにえらい遠回りさせてしもうて何か悪いのう」

本当に申し訳ない気がして僕が言った。

彼女の家は僕の住む山の方の集落とは反対側の、この町から10キロ程離れた
海辺の小さな漁港近くにあった。

「そんなん、別に構やあせんわあ」

吉原有里子が言った。

・・・

「今じゃったらもう構わんじゃろうけえ、聞いて見るんじゃけどなあ」

隣の運転席でハンドルを握っている吉原有里子が言った。

車は山の迫った川沿いの真っ暗な田舎の国道をヘッドライトで照らしながら
走り続けていた。

「アンタ高校の時、ミサコの事が好きじゃったろう?」

吉原有里子は前の方を向いたままだった。

「・・・ほいじゃけど、仲良うなれた時にゃぁ、もうマモちんと付き合うとったけんのう」

僕は答えた。

そう言えばあの頃、(何かうまくいかないものだな)と言う様な事を思ってた様な
気がする。

しかし、大体あの頃は相原美佐子と話す時、いつも訳も無く緊張して思ってる事を
そのまま伝える事が中々出来なかった様な気がする。

反対にあの頃、吉原有里子に対しては好き勝手な事が言えていた様な記憶がある。

「ニガキはやっぱり、大学卒業したら東京で就職するつもりなん?」

吉原が僕に聞いて来た。

「ようわからんけど、やっぱりそうなるんかのう・・・」

よくわからないままに僕は答えた。

将来の事なんて、本当によくわからなかった。

結局、吉原有里子に自宅のすぐ近くまで、送ってもらった。

「ホンマにえろう助かったわ。有難うのう」

僕は礼を言った。

「たまには、メールでもして来んさいよ」

「ほうじゃのう」

「ほんじゃあ、向こうで頑張りいよ」

「ゆりっぺも元気での」

ドアを閉めた後、僕は最後に彼女に向かってガッツポーズをして見せた。

吉原有里子は小さく笑って、それから車を発進させた。

僕は手を振って見送り彼女の車のテールランプが遠去かって行った。

吉原有里子の車を見送った後、僕は蛙の大合唱が一面に鳴り響く中
家に向かって歩いて行った。

上を見上げると、こちらに迫って来ると思える位くっきりとした星空が
空を覆い尽くしているのが見えた。

・・・

次の日の朝、東京に戻る当日はいつもより気持ち良く目覚める事が出来た。

2階にある、自分の部屋から窓の外を眺めてみると既に陽は昇っていて
空はくっきりとした青さで広がっている。

その空の下には、僕が上京するまでの間ずっと眺めて過ごした山並みが
続いていて、その手前は川の堤防が視界を遮っていた。

その下を国道より手前には水田があって、さらにすぐ目の前には向かい側の家が
あって、この窓から見下ろしてみると、軒先には今年もたくさんのアサガオが花を
咲かせているのが見えた。

僕が小さい子供の頃から、向かいの家は軒先でアサガオを育てていたので
どこかで夏の朝にアサガオが咲いているのを見ると、僕は良くここで過ごしていた
いくつもの夏の事を思い出す。

僕は窓の外を眺めながら、高校生だった頃を思い出し、それから昨日の事を
思い出していた。

今日の午後にはまた東京に戻って、明日の朝にはもう今の自分の生活に
戻っている。

(明日もさわやかに、はかない恋・・・か)

僕はアサガオの花言葉を思い出しながらほんの少しだけほろ苦い気分になった。

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2013/09/02 16:06
若いっていいな~~~^^

かいじんさんって「・・・」のヒトというイメージがすごく強かったのだけど、
こういうちょっと切ない青春モノみたいなのも書かれるんですね~^^

方言がやあ方面と全く同じなのだけど、まさかご近所にお住まいということはありませんよね?^^;

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2013/09/01 22:47
主人公の鈍感さに笑えばいいのかしら?

次は送ってもらえないかもなぁ><;;
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2013/09/01 16:13
送ってもらってタクシー代助かりましたね~^^b←><
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2013/09/01 14:54
ん〜、キュンキュンしますね。青春のかほり♪
高校時代を思い出している、ほろ苦い僕も、まだ20才だけど
その姿にほろ苦いけど、甘酸っぱいものを感じてしまいました。
あれれ、ほろ苦くて、甘酸っぱい食べ物ってなんだろう。
想像しても具体的に思い浮かばないwww
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2013/09/01 00:40
車の銘柄を記載されていたのは思い入れがあるのでしょうか。どんな思い入れがあるのかな?と頭の中で妄想列車が突っ走ってしまいました。

前半のふるさとに帰るまでの記述は、情景を濃く力を入れているように感じました。
自分は逆にさらりと状況説明したり、最後のオチにかけているところがあるので、感心して拝読させて頂きました。他の方も書かれているようですが、一つの部分の情景が長すぎてしまうので、文を分けて書くか、一文でまとめてしまう方が読み手からするとよりお話しに集中できるようには思いました。
声を出して読んでみるとよりわかりやすいかもしれません。
花言葉によって感じたほろ苦さは、かなない恋なのかな?

同じサークルの中でも会話したりやりとりというのがまだ自分はないので、他の方のお話を読むことでその人の性格や思考の方向を垣間見ることができて、楽しんでいます。
かいじんさんの他の記事で触れることのない部分が見えて私なりに楽しませて頂きました。
ありがとうございました。
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2013/09/01 00:28
なんか懐かしい学生時代の友人たちのお話ですね 私中高大と女子中女子校女子大と
女の子攻め その上家も四姉妹でした 凹〇コテッ なんか女ばっかりでステキな出会いとか
なくて こんな風に青春を過ごした買ったわ~~とほろ苦い気分になりました。
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2013/08/31 23:13
先の見通せない曖昧な自分の立ち位置と、
帰省先での懐かしい面々との飲み会。
ちょうど20才の設定ですか。
田舎の雰囲気と、彼のなにもかもが曖昧なまま過ごしている自分への「ほろ苦さ」が
よく伝わってきました^^ 

ちょっと気になった部分。
一文が長すぎるように思えるところがいくつかありました。
少し気にされてはどうでしょう?
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2013/08/31 21:26
帰省する若者の夏休み。
懐かしい友達との飲み会は静かに時が進み、穏やかな夏休みが朝顔を最後に終わる。
田舎の空気をいっぱい吸って、ほろ苦さと一緒に帰ってきくんですね~
若者の青春群像劇ですね^^
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2013/08/31 17:01
ほろ苦い青春エピソードですね~
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2013/08/31 07:42
進展がとまった関係のなかでの
記憶だけがリバーシブル
ありますねえ
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2013/08/31 03:46
景色の描写が上手く書けないんだよね。私…
好きな人の前で緊張するというのは、判るわ。思春期には、特になったよね♡



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