Nicotto Town



土曜日の夜と日曜日の朝 (中編)


11月24日(土曜日)から25日(日曜日) 東京

僕はその500硬貨を手にとって眺めてみた。

桐の描かれた上の部分に(日本国)の文字があり、下の部分に
(五百円)の文字がある。

硬貨を裏返してみると500と描かれている0の中が変に汚れているのに
気付いたがよく見ると無数の細かい線が刻まれている様にも見えた。

その下にある発行年月は平成十八年となっている。平成十八年?

僕は思わず少女の顔を見た。

「あなたが10数えている間に(未来のお金)に取り替えたのよ」

少女はそう言って僕の表情を窺うように微笑んだ。

「・・・・・・」

暖房器具の無い、コインランドリーの中の寒さが急に気になり始めた。

僕の頭の中にはある推察が思い浮かんだが、それはあまりにも馬鹿げていて
あまりにもマンガじみたものだった。

「これはひょっとしてニセモノ?」

僕はその変な500円硬貨を彼女に返しながら聞いてみた。

「正真正銘のホンモノよ。左のポケットから出したお金だけど」

少女は意味深な薄笑いを浮かべながら答えた。

「左のポケット?」

「右のポケットに使えるお金を入れて、左のポケットに財布と使えないお金を
入れているのよ。・・・使えるお金は285円しか無いけど」

少女の表情から笑顔が消えて真剣な表情になっていた。

「使えないお金って・・・」

「例えば、これ!」

少女は左のポケットから、財布を取り出し中から札を一枚抜き取って僕に差し出した。

僕ははじめそれを今月に発行されたばかりの新千円札だと思った。

まだ、新千円札をそれ程見慣れていた訳では無かったが、それでも
すぐに色合いに少し違和感を感じた。

それから夏目漱石に違和感を覚え、すぐにその肖像が別人であると気づいて
僕は目を見張った。

その肖像の人物が野口英世である事を思い出すまでに少し時間がかかった。

裏返して見ると、新千円札の裏側には鶴が描かれていたと思ったけど、この札には
左側に富士山が描かれている。

これはニセ札なのか?と思ったけど、一体どこの誰がこんな馬鹿げた偽造紙幣を
作ったりするだろうか?

しかし、新千円札が2種類発行されているという話は聞いた事がない。

僕が知らないだけなのだろうか?

その札を眺めながら僕はだんだん頭が混乱して来るのを感じた。

今日、井沢クンとスパーをやった時のダメージも急にぶり返して来た。

少女はそんな僕の様子を観察する様な目で覗き込んでいる。

「・・・ひょっとして君は平成(へいせい?僕が疑問の目を向けると少女の眼が頷いた)
18年からやって来たのかな?」

現実感の無さに僕の声は平板になっていた。

「平成25年から・・・」

少女は答えた。

僕は頭の中で少し気が遠くなって来るのを感じたが、同時に平成25年と言われても
それがどれ位先の事なのかピンと来なかった。

「平成25年と言うと、その・・・西暦でいうと何年になるんだろう?」

「2013年」

2013年・・・僕はその数字に、はるか未来のSFの響きを感じた。

またしばらくの間、人通りのあまり無い路地にある夜中のコインランドリーの
中で沈黙の時間が流れた。

「それで・・君は2013年から、この時代へいったい何をしに来たんだ?」

とりあえず僕は聞いてみた。

「自分からこんな所に来る訳ないでしょう!」

いったい何を言っているのよあなたは?と言った口調で少女が答えた。

到底、信じられない話だけど、彼女に見せられたモノには強い説得力があった。

唐突に、絶対にあり得ない様な出来事に出くわして、どうしたらいいのか
わからなかったが、少なくとも目の前にいる少女はすごく疲れて困り果てた
表情をしている様に見えるし、何か救いを求める様な目でじっと僕を
見据えている。

その視線には突き刺さる様な真剣さが感じられた。

「・・・こんな寒い所じゃ何だからさ。 ・・・もしよかったら場所を変えて話せないかな?
この近くにこの時間でも営業してる喫茶店が一軒だけある」

僕は言ってみた。

「・・・いいよ」

しばらく考えた後で少女が言った。

僕はその少女を連れてコインランドリーを出た。

路地から篠原演芸場のある小さな商店の並んだ狭い通りに出て駅の方へ
向かって行った。

「あの・・・私、福沢加奈」

僕の少し後ろを付いて来ていた少女が言った。

「鈴木春介」

僕は0時近くになって人通りのすっかり少なくなった通りを歩きながら西暦2013年に
ついて考えて様々な想像を巡らしていた。

僕が、今何と無く想像してみる西暦2013年・・・

東京から博多までの主要都市間がリニアモーターで結ばれ、地方間にも
新幹線の様な高速鉄道が開通している。

画面付のトランシーバー型の電話機の様な物で人々は遠距離からでも対話形式で
会話が出来る様になっている。

技術の進歩によって日常生活はずっと便利になり、世の中は今よりずっと快適で
暮らしやすくなっている様な気がする。

すぐ後ろを付いて来ている福沢加奈と言う僕と同い年らしい女の子の服装は
特に未来人と言う印象は受けないけれど、確かに今のファッションとはちょっと
違ってる様に感じるしどことなく洗練された服装にも見えなくもない。

彼女が本当に未来からやって来たのだとして、少なくとも核戦争後の世界から
やって来た様には見えない。

しかし、やっぱりまだ僕は今、この女の子から大掛かりなトリックを仕掛けられている
と言う気持ちの方が強い。

その理由とか目的とかは皆目見当が付かないし、相当に非現実的な話では
あるけれど、それでもまだそう考える方がはるかに現実的だ。

僕ら二人が歩いて行く少し先で鳴り響いている踏み切りをガラガラに空いた
上り池袋行きの電車が通り過ぎていった。

僕らは踏み切りを渡って十条銀座商店街のアーケード入り口の手前で
左に曲がり、十条駅前広場に出る手前にある、深夜喫茶に入った。

その店に入ったのは初めてだった。

店内の室内は喫茶店にしてはやたら照明が薄暗い気がした。

僕はブレンドコーヒーを注文し、福沢加奈は、ホットミルクティーを頼んだ。

「あの・・・ごめんなさいね。なんだかこんな夜中に迷惑かけちゃったみたいで」

加奈が言った。

「いや・・・それは別にいいよ」

僕が答えた。

「私、今どうしたらいいのか本当にわからないのよ」

それから、彼女はここ数時間の内に彼女自身に起こった出来事について
語り始めた。

池袋で占い師を名乗る女性に出会って公園に連れて行かれた事、そこで目を瞑るように
言われ、再び目を開けた時には、女性の姿は消えていて、サンシャイン以外の
高層ビル(僕にはわからないビル名)も見えなくなっていた事。

すごく混乱して、周囲を歩き回りやがてどうやら自分が自分の知らない時代に
いる事がわかって動揺し泣き叫びたくなるのを辛うじて耐えながらしばらく
彷徨い歩いていた事。

どうすればいいのかわからないまま、とりあえず都電に乗って(運賃が安くなっていた
と彼女は言ったが、僕には2013年に都電が走っている事がちょっと意外に感じた)
自宅のある王子に行ってみたが彼女の住んでいたマンションのある場所には
マンションが建ってすらいなかった事。

フラフラと国鉄の王子駅前を歩いている時、切符売り場で使われている紙幣を
見て、自分の持っている紙幣が使えない事に気付き、公衆トイレで硬貨だけを
この時代以前と以後に選別し、その後、当てもなく十条まで歩いて来た事などを
彼女は語った。

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2014/01/03 18:35
改めて読ませて戴いてます
500円と1000円だけの話題で盛り上げますね^^
アバター
2013/12/17 20:37
こういう不思議話に才能があるかもですね^^

楽しいです。
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2013/12/13 22:11
パラレルワールドと思ったらタイムスリップでしたかぁ…
やられたぁって感じです(^_^;)
続きが楽しみです~
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2013/12/09 15:43
タイムスリップのお話とタイトルに全く接点を見いだせない
謎がワクワクします
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2013/12/09 13:50
この先、この少女はどうするのかなぁ・・・。
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2013/12/08 21:38
私がねだったからぁ・・・・・続きかいたのね。^^大好き



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