Nicotto Town



黄金旅程 (STAY GOLD)  (2/3)

・・・

♪ 悲しい事はきっと この先にもいっぱいあるわ ♪

♪ My darling. Stay gold. 傷つく事も大事だから ♪

                宇多田ヒカル 「Stay Gold」

・・・

向かい側のホームの方を見ると駅舎の脇に植えられたツツジの薄紅色の花が
強い陽射しに照り輝いているのが見えた。

「仁クンは、このレース、どの馬が来ると思う?」

プラットホームのベンチで、僕の隣に座っている杏子センパイが、スポーツ新聞の
競馬欄を真剣な目で眺めながら言った。

今日、これから生まれて初めて競馬に行くと言う僕らだったが、彼女の耳には
これから列車に乗るというのにも関わらず、既に赤エンピツが挟み込まれていた。

新聞の出馬表の辺りには、玄人のオッサンかと思える程に、びっしりと印やら数字やら
が書き込まれている。

(そのあからさまに気負い込んだ姿で、電車に乗るつもりか)

内心そう思ったが、それについては何も言わない事にした。

「はっきり言ってよくわかりませんが・・・しかしどの馬を買うかは一応決めてあります」

僕は答えた。

「へえ、じゃあ仁センセイの春の天皇賞予想を聞かせてくれるかな?」

「7番、8番、12番、14番の馬番連勝式ボックス買い、全6通り 各300円」

4枠 7番 フェノーメノ       (4番人気 単勝11、5倍)
同枠 8番 ゴールドシップ    (2番人気 単勝4,3倍)
6枠 12番 ウィンバリアシオン (3番人気 単勝6,5倍)
7枠 14番 キズナ        (1番人気 単勝1,7倍)

昨日の晩、初めての競馬予想ながら、いろいろデータを参考にしたりして
結構長い時間、考えてみたが、やっぱり絞り込むとすればこの4頭だった。

新聞やネットでも(4強対決)という言葉を多く目にした。

さらにこの中から本命馬を1頭決めようとしてみたけど、それは僕には
難しい様に思えた。

やや圧倒的な人気を集めている、去年のダービー馬、キズナは目下国内
重賞4連勝だが、2400m以上の距離を走るのは今回のレースが初めてと
言うのが少し気になった。

2番人気のゴールドシップは前走の阪神大賞典(G2・芝3000m)で2着に
3馬身半差をつけて完勝していたけれども、近走の成績を見てみるとどうも
走りにムラがある様だった。

(シルバーコレクター)の異名を持つ、3番人気のウィンバリアシオンは重賞2勝だが
2着に入ったレースが3つのG1を含めて5レースあって侮れないし、4番人気の
フェノーメノは前走、5着に敗れているが、昨年このレースの優勝馬で今年は連覇を
狙っている。

「ふうん、全くの初めてにしては無難な買い方だわね」

などと、言って杏子センパイは薄く笑った。

「杏子センパイは何から買うつもりなんですか?」

僕がそう聞くと杏子センパイは途端に目を輝かせた。

「ワタシもとりあえず一応は決めているんだけど・・・ワタシは今回、(黄金の船)に
乗ろうかなぁなんて」

杏子センパイはそう言いながら、メモの切れ端を僕に手渡した。

「馬番単式 8-12、8-14 各300円、8-2 8-3 8-7 8-18 各100円

3連単 1着8番 2着12、14番 3着 2、3、7、12、14、18 全10通り 各100円」

投資額が2人とも、2000円以内なのは、昨日の晩に電話でそう決めたからだ。

「人生でも、テストでも、競馬でも常に(正解)を導き出すのがワタシ流なんだよ」

僕がその予想を書いた紙片を眺めている時、杏子センパイはきっぱりとそう言い放った。

8番ゴールドシップを本命にして、6頭の馬を相手に選んでいる。単式馬券なので
ゴールドシップが1着に入線する事が、的中の条件になる。

「ゴールドシップ本命で勝負するんですね」

僕はそう言って、メモの切れ端を彼女に返した。

「だって、今はゴールデンウィーク中だもの」

事も無げに杏子センパイが答えた。

そんな事を言っている内に、東に真っ直ぐ伸びた線路の向こうから特急列車が近付いて来るのが見えた。

東京ー銚子間を結ぶ特急しおさいは昼間運行の、しおさい5号(下り)10号(上り)に
限って、成東ー銚子間の区間を各駅に停車する。

やがて特急列車がホームに停車して僕と杏子センパイは車内に乗り込んだ。

・・・

「ところで仁クン、ワタシ今、新聞見てて思ったんだけどさ」

列車が発車してしばらくたった頃、杏子センパイが口を開いた。

「仁クンの買う6点の馬券、これ馬番連勝の8-14、12-14だともし当たっても
配当6倍もつかないよ?」

「それでも、その組み合わせは外せないですよ」

昨日の番、あれこれとネットで検索出来る情報だけを頼りに予想を考えている時
一度は7-8、1点(前日オッズで18倍くらい)だけを買おうかと思った。

しかし、自信がないので結局、実績、人気ともに上位の4頭の馬をボックスで
買う事にした。仮に馬連の1,2番人気の組み合わせで決着しても7割以上は
戻って来る。

一度、7-8の1点買いに決めかけた理由は、この2頭が同じステイゴールド産駒で
今がゴールデンウィークだからと言う、実は杏子センパイと同じ発想だった。

しかし僕の場合は、ネットで何気なく見たフェノーメノ、ゴールドシップの父である
ステイゴールドと言う馬の競争馬時代の軌跡がなかなか興味深かったと言う
理由もあった。

ステイゴールド・・・常に善戦して2着3着に入る事が多かったがなかなか勝つ事が
出来ず、初めて重賞(目黒記念)に勝ったのはデビュー5年目の38戦目の事だった。

そしてデビューから50戦目の海外での引退レース、香港ヴァース(国際G1)に勝って
20回目のG1レース挑戦で悲願のG1制覇を成し遂げて、競走馬生活を終えた。

この時、香港、沙田(シャンテン)競馬場では、ステイゴールドの馬名は(黄金旅程)と
紹介された。

種牡馬生活に入ってからは、史上7頭目の3冠馬で昨年の有馬記念で8馬身差の
圧勝劇を演じて引退したオルフェーヴル、今日のレースに出場する2頭を含めて
これまで8頭のG1馬を輩出している。

・・・

しばらく間、車内の2人掛けのシートに並んで座っている僕と杏子センパイは、黙って
それぞれの思いや考えの中に耽っていた。

「ところで仁クンさぁ」

不意に杏子センパイがそう言って意味ありげな笑みを浮かべた。

「キミが今、夢中になってるあのコ、キミはこれからどうするつもりなのかな?」

そう言って興味深そうに僕の顔を覗き込んだ。

「どうするって、別に何も・・・」

「ふうん」

彼女はつまらなそうな顔をして再び手にしたスポーツ新聞に目を向けた。

「でもさ、仁クン」

「?」

「出来るだけの事を精一杯やって、その結果駄目だったのと、何もしないままに
そのまま駄目になっちゃうのは、まるで全く違う事なんだよ?」

新聞に目を向けたまま、何気ない調子で杏子センパイは言った。

「本当にそのコの事が好きだと思ったらさ・・・何だかんだ理由を付けていつまでも
ぐずぐずしてない方が良いと思うよ」

「・・・」

やがて僕らが乗った特急しおさい10号は、東京の錦糸町駅に到着した。

僕と杏子センパイはそこで列車を降りた。

ホームに降り立って北の方角にはスカイツリーが良く見えた。

僕らは改札を抜けて人でごった返している中を南口の方に出て駅から程近いところ
にあるWINS(場外馬券売り場)に向かった。

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2014/06/01 18:48
お馬さんの名前、いろんなのありますね。
強そうだったりロマンチックだったり。
どういう子なんだろうとちょっと想像してしまいます。
そういえばハルウララとかいましたね^^
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2014/06/01 06:53
ああ、そうか?
かいじん赤色が好きなのは、大好きな競馬予想の必須アイテム赤エンピツから、来てるんだな………(≧∀≦)
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2014/05/31 18:53
耳に赤鉛筆をはさんだ女性って・・・^^

そういえば、赤ボールペンでも、赤フエルトペンでも、極端な話、
赤マジックでもいいようなものですが、何故、競馬新聞には赤鉛筆なのでしょうね?^^;
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2014/05/31 17:33
途中で終わったかと思ったら
つづきがありましたね



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