Nicotto Town



黄金旅程 (STAY GOLD) (3/3)

僕らは人で溢れかえっている連休中のWINSで、何とかはじめての馬券を買う事が
出来、あまりにも人が多過ぎたので結局、レースは近くにあったテレビ中継を
放映している喫茶店に入って観戦する事になった。

僕らが店に入った時、既にテレビでは出走場が本馬場に入場している場面が
映し出されていて、実況アナウンサーが京都競馬場の芝生の上を慣らし走行
し始めた出走各馬を順番に紹介している所だった。

やがて、15時40分の発走時刻になって音楽隊によるファンファーレが流れると
初めて買った馬券を手にした時から続いていた僕らの緊張が一層高まった。

ファンファーレの後、出走各馬のゲート入りが始まった。

枠入りは順調でどの馬も落ち着いた様子で係員に誘導されてゲートの中に納まって行き
テレビ画面では最後の18番デスペラードがゲート入りを始めようとしていた。

(さあ、近年、一筋縄では行かないこの春の天皇賞、今年は・・・)

実況がそんな事を言っている時、突然、激しい馬の嘶き声が聞こえてきた。

馬の嘶きと言うよりは猛牛が吼えている様な凄まじい声だった。

「すごい・・・あっ、あっ、ゴールドシップが・・・ほ、吼えてます!吼えて、立って、はい・・・」

スタート地点リポートの女性アナが慌てた声で言った。

テレビ画面にゲートの中程で嘶きながら前脚を跳ね上げて立ち上がりゲート内で
暴れているゴールドシップをウィリアム騎手が振り落とされない様にしながら
必死に宥めている場面が映し出された。

「ちょっ、ちょっ、あああっ!」

僕の向かい側では杏子センパイが吼えながら立ち上がりかけた。

それでも何とか体制が完了して、係員の合図でゲートが開いた。

各馬、一斉にスタートを切ったが、1頭、葦毛の馬が大きく出遅れた。

(あーっ、出遅れたぁ! 地鳴りの様な喚声、どよめき、いや、むしろこれは悲鳴が
挙がりました!ゴールドシップなんと殿(しんがり)です!・・・レース序盤からいきなり
不穏な空気が立ち込めました!)

「ひゃーっ!」 

テレビの実況通りに、杏子センパイは悲鳴をあげていた。

3200mの長丁場のレースなので、18頭の馬達は長い行列になって向正面から
1週目の第3コーナー第4コーナーを回って、まるでパレードみたいに正面スタンドの
前を通過して行き、第1コーナーに入って行った。

(・・・人気どころはまだいない、あーっ、後方から2頭目にキズナ、そして殿追走から
何とゴールドシップ、人気どころは後方追走です・・・)

各馬は長い隊列のまま、第2コーナーから、再び向正面に入って行った。

(先頭は3番のサトノノブレス、2番手にアスカクリチャンが続いて、・・・3番手
ヒットザターゲット、その後ろに・・・さらにはアドマイヤフライト・・・少し差が付きました。
内から連覇を賭けるフェノーメノ・・・さらには)

キズナ、ゴールドシップ、ウィンバリアシオンは、5頭の最後方の集団の中で
9番タニノエポレット13番オーシャンブルーなどとひと塊になって走っていた。

先頭は坂を登りきって、第3コーナーの坂の頂上を過ぎて、坂を下って第4コーナーに
向かって行ったがこの辺りで各馬が少しずつ動き始めた。

(キズナはいつ動く?ゴールドシップはいつ動く?・・・まだ先頭とは10馬身くらいの
差がある・・・)

坂を下りきった第4コーナーの手前辺りで距離を詰めて来た各馬はひしめくような
集団になり、横に広がりながら第4コーナーから最後の直線に向かって殺到
して行った。

(ウィンバリアシオンとキズナは外に行った!一方のフェノーメノは内にいる!
そして一番外から白い馬体が踊って来るゴールドシップ!・・・直線を向いた!」

各馬、最後の直線に入って最後の追い比べになった。

残り200mの標識を過ぎた辺りで、フェノーメノが最内で粘っていたサトノノブレスと
ラストインパクトをそのすぐ外から交わして先頭に踊り出た。

さらにそのすぐ外を、ウィンバリアシオンが半馬身ほど遅れてフェノーメノを追走
さらにその外をキズナがいい伸び脚で前の2頭にぐんぐん迫って来て、大外を
回ってきたゴールドシップも一番外からその3馬身程後ろまで進出してきた。

どうやら僕が買った馬が上位を占めそうだったので、安心しかかった時、突然
人気薄の6番ホッコーブレイブが鋭い脚で内側からキズナより前に出て来て
さらに前の2頭を一気に差し切る様な勢いで突っ込んで来たので僕はギョッとした。

結局、この4頭が横に広がってなだれ込む様にゴール板の前を駆け抜けて行ったが
一番内側にいたフェノーメノが首一つ抜け出ていたのと一番外側のキズナが
ほかの3頭より少し後ろだったのだけはテレビ画面からでもはっきりわかった。

(フェノーメノだ!フェノーメノ!連覇達成、フェノーメノ!・・・史上3頭目の連覇達成
フェノーメノ!)

こうなると僕にとっては気になるのが2着争いだったが、僕が見た限りでは、まさに
ゴールぎりぎりの所で、ホッコーブレイブがウィンバリアシオンを捉えた様に見えた。

何気に杏子センパイの方に視線を向けると彼女は既に口をぽっかり空けて呆然と
静止していた。

1着7番 4着14番 5着9番(タニノエポレット)はすんなり掲示板モニターに上がった
が、2着と3着は写真判定と表示された。

テレビ画面にゴール前のリプレイがスローで流された。

フェノーメノに続いて入線した、ウィンバリアシオンとホッコウブレイブ、騎手の帽子は
ホッコウブレイブの田辺騎手の赤帽の方がゴール前、ウィンバリアシオンの
武幸四郎騎手の緑帽より前に出ていたが、この2頭のどちらのハナ先が先に
出ていたかは微妙だった。

落ち着かない気持ちで、判定結果が出るのを待っていたが、やがて掲示モニターに
2着12番 3着6番の表示が出たのを見て僕は安堵して大きな息を吐いた。

第149回 天皇賞 (春) レース結果

1着 7番  フェノーメノ

2着 12番 ウィンバリアシオン クビ

3着 3番  ホッコウブレイブ  ハナ

4着 14番 キズナ        1/2馬身

・・・

7着 ゴールドシップ

馬番連勝式 7番ー12番 2080円 (6番人気)

・・・

僕と杏子先輩が銚子行きの各駅停車の電車を降りて駅のホームに降り立った時には
陽はもう西の彼方に沈みかけようとしていた。

「このツライ体験を乗り越えて、ワタシはきっと今よりもさらにずっといいオンナに
なっていくんだわ・・・」

杏子センパイがよくわからない事を言った。

何はともあれ、(アツかった連休の一日)は終わった。

ゴールデンウィークももう終盤に差し掛かり、その後はもう日常の学校生活に
戻る事になる。

結果の事は考えずとにかく精一杯頑張ってみようと思った。

過ぎ去ったらもう戻って来ない高校2年の季節を光り輝く黄金の日々にする事を
目指して。

日中の熱気の残った中を歩きながら夏が近いのを感じた。

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2014/06/09 23:53
青春と、おっさんの行動が融合していて、面白かったです!
競馬って、あまり興味なかったんですが、この二人をみてると行ってみたくなりましたw
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2014/06/07 06:21
まゆたんのコメントをみて、そうそう、昨今の読者は、まゆたんのようには、空白を読んでくれるということが期待できなくなったのだそうです。そこをあえて、空白部分をつっこんで書いてやると、面倒くさがりやな読者は親切だなあと、シンクロしやすくなるような気がしました。また、競馬というものに関して、ファンでもないと、なかなかルールは判りずらく、表もなるべく使わず、会話とか文体にして、馬と旗手の描写、先輩とかけあいとかすると、文体のリズムが寸断されず、さらに熱狂が伝えられるのだろうなあ、とも感じました。そんなふうに、ちょっと説明を加えたり、切るべきところを切ってしまったりすると、テンポよく読め、生き生きした掌編になると推し量る拙でありました。

「小説家になろう!」評価
 かいじん様 89アクセス

  いずれにせよ目標値40アクセスから大幅に超えてます。おめでとうございます^^
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2014/06/02 19:50
ルールはよく解らなかったけど、80円勝ったということだ!
(電車賃を引くと赤字だけどw)

大きく賭けてさっぱりするか、ちまちま賭けて損害を最小限に抑えるか……
遊びなら前者がいいなぁと思ってしまうわたしは杏子さんタイプw
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2014/06/02 00:03
杏子先輩がイイ女になれる日はいつのことだろう 爆!
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2014/06/01 20:40
かいじんさんの世界を垣間見た感じです^^
なかなかスリルのあるものなんですね〜
そして毎回、一喜一憂。
お馬さんのシーズンは、ファンにはたまらない季節なんだなというのが伝わるお話でした^^
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2014/06/01 19:01
 手に汗握るレースの様子がびんびん伝わってきました。
 二人のその後や如何に……。
 仁くん、黄金の日々を作れますようにー^^(かわらけを投げてあげましょう)
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2014/06/01 10:56
黄金の船、沈みましたか?^^;
ぶくぶくぶくぶく・・・・・・・・・・。

臨場感あふれる描写でどきどきしちゃいました。


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2014/06/01 05:39
 競馬にかけるオヤジなカップル? の熱い瞬間を楽しませて頂きました。
 寄稿ありがとうございます。なかなかの分量で、原稿用紙20枚相当でしょうか、校正に1時間かかりましたよ。
 さて昨今の出版物をみますと、村上春樹と後続する模倣犯なラノベ作家たちによって、漢数字からアラビア数字表記がふえてきました。
 例えば半角の「12」縦書きで、印刷所用の編集ソフトで12と打ち込んで90度回転すると容易なのですが、一般のワープロソフトでやると回転が厄介で、転載サイトに反映するのも難しいです。「1.41421356」となったら、そのまま横文字状態でやるしかない。けっこう判断に迷うので、縦書きである小説の場合、漢数字が古臭いながらももっとも安定すると思います。まあ、「小説家になろう」では私の独断でさせて戴いてますが、出版社に投稿するときは、そのあたりを配慮なさると、下読み職人さんたちの印象も違ってくると思います。
 そういうわけで、今回の作品では、アラビア数字に関して全角で統一することにしました。
 なお、校正についてご要望があれば順次訂正させて頂きますのでお申し付けください。
 毎度ありがとうございます、



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