Nicotto Town



雨の日曜午前2時、その部屋に彼女がいた (前編)

夜の九時近くになっているので臨海工業地帯方面に向かう一両編成のワンマン車両には
僕の他には3人しか乗客がいない。

車内から眺める車窓の外の雨の夜の風景には段々と住宅の明かりが減って来て
倉庫と空き地が目立つ様になって来た。

この臨海鉄道と並走して埋立地に向かって伸びている道路を、10tトラックが
強く降り続いている雨で水浸しになったアスファルトをヘッドライトで照らし出し
水しぶきを上げながら走っているのが見えた。

列車が終点の工場前から2つ前の駅に停車すると僕以外の3人が降りて
乗客は僕一人になった。

ブサーがなってドアが閉まり車両がディーゼルエンジンの音を響かせながら
走りはじめると僕は雨滴の降りかかった車窓から暗い外の方を
見るともなく眺めていた。

やがて車両が終点から一つ前の駅に停車して、僕は今日街で買った参考書の入った
バッグを肩に掛け、傘を手にして立ち上がった。

運転席の横にある運賃箱に料金を入れ、傘を開いてホームに出る。

雨は相変わらず強く降り続けていた。

片側一面の簡素なホームを歩いている僕の横を発車した車両が通り過ぎて行った。

狭い通路をコンクリートの屋根と壁で囲っただけの無人の改札を出て、2車線の車道が
ある道路とは線路を隔てた細い道を歩いて行く。

ずっと雨が降り続いているせいで道の所々に大きな水溜りが出来ていて、薄暗い
外灯の白い光を映し出したりしていた。

水溜りを避けながら金網で囲われた小さな駐輪場の脇を過ぎて暗い夜道を
傘を差して歩いて行く。

目の前の臨海鉄道から別れた貨物線の踏切を過ぎた少し先に4階建ての
各階の廊下の常夜灯が等間隔で灯っている集合住宅が3棟並んでいる。

その工場の社宅の真ん中の棟に僕は父と暮らしている。

その社宅の少し先の方には、終夜生産を続けている工場の大きな建物が
うっすらと照明に浮かび上がっているのが見えて、そこから振動音の様な
音がここまでほんの微かに聞こえて来る。

その工場の向こう側には海岸沿いの石油コンビナートの縦横に伸びたパイプ
が照らし出され、煙突の航空障害灯が赤く灯っているのが見える。

その辺りに低く垂れ込めた灰色の雨雲は地上の光で、不思議な色に
浮かび上がっていた。

僕は社宅の真ん中の棟の左端の階段を上って2階の左から2番目のドアの
脇の傘立に傘を入れ、ドアに鍵を差し込んで少し軋む鉄製のドアを音を
立てない様にゆっくりと開けた。

今日は父は夜勤に出ているのでドアの内側は闇に包まれている。

玄関の電気を付けて靴を脱ぎ、中に入ってリビングの照明を入れると
僕は深々とソファーに身をもたせ掛け大きな息を吐いた。

窓の外からは、雨音に混じって、どこかからしたたり落ちる雨水が何かを
打つ音が時折聞こえて来る。

ぐったりとしてぼんやりと天井を見上げる。

僕は少し疲れを感じて、そしてはっきりとした理由は思い浮かばないが
自分がひどく気分が塞いでいるのを感じた。

・・・

目の前の目覚まし時計のデジタル表示はAM1:37を表示してその横の
2桁の数字は1秒毎に数字が増えて行った。

僕は諦めて参考書を閉じて、右手に持ったシャープペンシルを開いたままの
ノートの上に投げ出した。

今日はどうにもはかどらなかったし、これ以上は全く頭の中に入って
行きそうになかった。

静まりかえった部屋の中に窓の外の雨の音だけがずっと続いている。

何もしなくなると、僕は何だか訳のわからない焦燥感にとらわれ始めた。

僕はそれをうまく説明する事が出来ない。

自分が心の中で密かに感じ続けている日常の閉塞感から中々抜け出せないで
いる事への焦りと怒り、無力感・・・そういったものだ。

このまま、電気を消してベッドに入り眠る事も考えたが、眠気をまったく
感じなかったし、無意味に昂ぶった気分を部屋を暗くして目を瞑った所で
どうにか出来そうに無かった。

ベッドに入ろうが起きていようが夜の長い時間がどうしようもなくただ
空しく無意味に過ぎて行く様な気がした。

そんな時はいつもならゲームやら、ネットの動画検索やら漫画を読んだり
して現実から遠ざかる事にしているけれども、どういう訳だかそんな気分が
起こらない。

それでも僕はとりあえずノートパソコンを机の上に開いてアダプターを
接続して起動させた。

しばらくの間、検索画面を開いたままぼんやりとしてしていたがふと
思いついて(グリーンタウン)と言うSNSを検索してそのログイン画面を
開いた。

アドレスと6桁のパスワードを入力して、ログインすると(K-02さんのページ)
のホーム画面が現われた。

半年前に登録した時、僕が選んだアバターがランニングシャツと半ズボンだけの
姿で表示されている。

(あなたのブログへの新着コメント)(ともだちの新着ブログ)(参加サークル)等と
いった欄が並んでいるが全てその下は空白になっている。

ブログの更新歴は無いし、プロフィールの欄も全部空白のままだ。

訪問者数の所には本日0累計0の表示があって足あとだとか書かれた所の
下には真っ白なスペースがあった。

全てが半年前の高2の冬休み、ネットでたまたま(マイペースの仮想生活)と
言うのが目について、無料だったので何となく気まぐれに登録して、結局
殆ど何もしないままログアウトしたあの時のままの状態だった。

試しにブログ欄をクリックしてブログ作成画面を表示させてみる。

そこに何か言葉を書き込んでみようかと思ったがその言葉が出て来ない。

何を書けばいいのかわからなかったし、書きたいと思う事が思い浮かばなかった。

そもそもが言葉を自分で選んでそれを組み立てながら文章を作って行くと
いうのは僕が苦手に感じる事のひとつだった。

次にチャットをクリックしてチャットルーム一覧と言うのを表示させてみた。

(初心者向け)(誰でも参加)(20代)(30代)(映画)(芸能)(アニメ)など
やたらとカテゴリーの数が多かったがいくつかのカテゴリーに部屋が
2,3あったり1部屋だけ開かれていたりしたが殆どのカテゴリー内には
部屋数0と表示されている。

画面下の時刻を見ると1:52と表示されている。

(科学・宇宙)などと言うよくわからないカテゴリーまであったがそこには
部屋数1となっている。

興味本意でそのカテゴリーをクリックしてルームリストを出してみた。

ルーム名  「こんばんは」  ゆり44 入室者 1人

ぼくはしばらくの間、迷った後、意を決して入室ボタンをクリックした。

部屋の中に入ると部屋の右の隅っこの方に置かれた椅子に質素な
青いワンピースを着た質素な髪型の少女アバターが裸足でポツンと
座っている。

その反対側の左側の隅にはランニングシャツに半ズボンと言うまるで
夏休みの小学生の様な姿の僕のアバターが裸足で立っていた。

こんばんは

僕は文字を入力して「話す」のボタンをクリックした。

「こんばんは」

僕のアバターが言った。

K-02 : こんばんは

空白だった会話履歴に表示が出た。

それから1分が過ぎ、2分が過ぎ、何分かが過ぎた。

外で降り続いている雨の音が聞こえてくる。

架空の部屋の両隅で黙り込んだまま向かい合っている架空の男女の
キャラクターは何だか妙に現実味のある対峙を続けている様に見えた。

PCの左下の時刻が2:00から2:01に変わった。

僕は変な好奇心と期待感を持った事を後悔した。

何となく後味の悪い気分で、退室する為に僕はマウスを手に取った。

「こんばんは」

ゆり44と表示された女性アバターが言った。

ゆり44 : こんばんは

会話履歴が更新された。

アバター
2014/07/02 00:06
後半へ急ぐ!!
アバター
2014/07/01 22:44
引き込まれました・・
次いきます
アバター
2014/06/30 22:30
ゆり44とは何者か、どういう展開になるのか
次回はまた拝見します^^
アバター
2014/06/30 20:19
引き込まれます、かいじんさんの文章は人を引き込みますね。
工場地帯のリアルとネットの仮想空間の対比がまたぐっと引き込まれます

というわけで後編読みに行かなくては^^ゞ



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