Nicotto Town



お菓子の思い出 (前編)

小学2年の時、僕は当時、同じ集落に住んでいて同学年だった村岡佳子の父親から
たくさんのお菓子を貰った。

その時、貰ったお菓子は家の近所のタケモトのオバちゃんの店でプラスチックのケースや
紙のケースに入れられて一個ずつ売っている様なお菓子とは違って、役場の近くにある
スーパーや、少し離れた町のデパートに行くとたくさん並べられて売っている様な
箱詰めや包装されたお菓子だった。

チョコレート菓子やフルーツ味のキャンデーやクッキーとか、そう言うのが12個くらい
大きな袋に入れられていてでその量は遠足の時に持って行ったおやつの
3倍くらいあった。

そんなにたくさんのお菓子を一度に貰ったのはその時がはじめてだった。

その後にもちょっと記憶がない。

神社の秋祭りが終わった次の日曜日だった気がするので、あれは10月終わりの
日曜日の事だったと思う。

・・・

僕が生まれ育った兵庫県中部の山間部にあるひっそりとした小さな集落は
標高1000メートル以下の低い山々に囲まれた狭い盆地であるために
秋の中頃を過ぎると、朝の内、辺り一帯は丹波霧と呼ばれる低く立ち込めた
濃霧に覆われた。

その日も朝の内、集落一帯は濃い霧に包まれていたが、霧が晴れると、気分が
すっきりする様な、澄んだ青空が上空に広がって、降り注ぐ穏やかな陽射しが
少しずつ色づきはじめた山々や刈入れの終わった田んぼを輝かせた。

午後になって僕は特に何をすると言うのでも無くひとりで家を出た。

僕の家は山の麓に近い集落の少し小高い場所にあったので、家を出た後、左右を
田んぼに囲まれたゆるやかな細い坂道を県道の方に向かってゆっくりと下って行った。

「和樹クンやないか。一人でどこに行くんや?」

県道に出る少し手前にある、同じクラスの(僕の通っていた小学校には一学年
一クラスだった)村岡佳子の家の前を通った時、家のガレージの所にいた、
彼女の父親に声をかけられた。

村岡佳子の家は県道からちょっと入った所にぽつんと1件だけ建っている
小さな2階があるだけのとてもこじんまりとした家だった。

僕が家の方に振り向くとガレージの右手の方にある家の玄関の上がり口の辺りで
村岡佳子が一人で座っているらしいのが、玄関の曇りガラス越しにうっすら見えた。

「一人で退屈してるんやったら、ウチでお菓子でも食べていかへんか?」

村岡佳子の父親が言った。

僕は断る言葉も見つからなかったので、結局、彼に勧められるままに家に上がって
六畳の居間のテーブルに村岡佳子と向かい合って座る事になった。

彼女の座っている側のテーブルの上にはいくつものお菓子が詰められた袋が
置かれていて、彼女の目の前には箱の開いたチョコレート菓子が食べさしで
置いてあった。

その時、僕と村岡佳子はテーブルに向かい合って座って時々視線が合って
ちょっとの間、お互いの顔を見合っていたりしたが、お互い何も言わずに黙り合った
ままだった。

黙ったまま、彼女の顔を見ているのがバツが悪くなって僕は壁の方に視線を移す。

壁には彼女の父親の物らしい青い野球帽が掛かっているのが見えた。

一瞬、中日ドラゴンズの帽子かと思ったけどマークが何も入っていないし色も
ちょっと違う。

買ったばかりの真新しい物に見えた。

テーブルに視線を戻すと再び村岡佳子と視線が合ってしまった。

僕と彼女はその当時、同じ小学校の2年生で同じ教室で学校生活を送っていたが
僕はその時まで彼女と会話と呼べる程の言葉を交わした事が一度も無かった。

それどころか、僕は学校で彼女が誰かと話しているのを見た事が覚えている限り
ただの一度も無かった。

彼女の一家は今年の初め、僕らが2年生になるちょっと前に、その時空き家だった
この家に引っ越してきた。大阪の方から来たと言うのをいつか誰かから聞いた事が
ある。

それから転校して来て以来、彼女はずっと無口どころか言葉を出す事
いや、声を出す事自体、極端に無かった。

時々、学校の先生や誰かによほど強く求められた時に、かすかに聞き取れる程の
小さい声で極度に短い言葉を口にする事があったが、大抵はそう言う風にされると
声を出さずに泣き出して顔を伏せてしまう事の方が多かった。

「あれは○○や」 クラスの何人かは彼女の事をそう言った。

「あいつはホンマ相当なコレやで」 クラスの一人が自分の即頭部を指差して
人差し指をクルクルと回した。

僕は学校の教室で村岡佳子の斜め後ろの席だった時、偶然、先生から返された
彼女のテストの点数を見た事が2回ぐらいあったが、その時の点数は2回とも
100点だった。

・・・そんな事を思い出している内に小柄でほっそりとした村岡佳子の母親が
コップに入れたジュースを盆に載せて持って来てくれた。

「ホンマ狭い家やけど、ゆっくりして行ってな」

村岡佳子の母親はそう言って再び部屋から出て行った。

その後、背はそれ程高くないけどスラっとして見える村岡佳子の父親が入れ違い
の様にして部屋に入って来て、手に持っていたお菓子の詰め合わせを僕にくれた。

「佳子がよう言うてるけど、和樹クンはえらい利口で、学校の勉強がごっつ出来るん
やてなあ」

「いやあ・・・」

僕はなんと答えればいいのかわからず曖昧な笑いを浮かべているしかなかった。

その時僕は、どうやら村岡佳子が家ではごく普通の女の子の様に、両親に学校の
出来事などを話したりしているらしい事にとても驚いた。

僕は目の前でテーブル越しに僕の方をずっと見るともなしに見ている村岡佳子が
両親とごく普通に話をしたりその時普通に笑っていたりするのだろう彼女の本当の
自然な姿を想像してみて、子供ながらにとても複雑な気持ちになった。

「佳子は1人っ子やからか、おとなしい子やけど、和樹クンはウチと家も近いんやし
出来るだけ仲良くしてやってなあ」

村岡佳子の父親が僕に言った。

その口ぶりには、自分の娘が学校で他の同級生たちの中にうまく溶け込めないで
いる事がわかっている様な感じがあった。

その後、彼女の父親は部屋から出て行ったので、僕と村岡佳子は6畳の居間で
お菓子の詰め合わされた袋が2つのっているテーブルに向かい合って2人だけに
なった。

僕は彼女に何か話しかけようとしたが、何を言ったらいいのかわからず、なかなか
言葉が出て来なかった。

「あの」

ようやく僕は声を出した。

「村岡はホンマは普通に話したり出来るんやろ?」

迷ったあげくに僕はそれを口にした。

村岡佳子はしばらくの間、テーブルの向こうで上目使いで僕を顔を見つめながら
何かをじっと考えているみたいだった。

「ウチは・・・」

彼女が学校にいる時とは違うはっきりとした声でそう言い出した時、彼女の父親が
部屋に入って来た。

「和樹クン、すまんけどちょっとだけお手伝いして欲しい事があるんや。すぐに終わる
さかい、ちょっとええかな?」

村岡佳子の父親がそう言ったので僕が小さく頷くと彼は手招きして、僕を奥の
部屋の方へ連れて行った。

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2015/04/13 22:35
わw いいとこでw
お父さん!!邪魔しないでよww
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2015/04/06 18:44
謎の転校生、 田舎だと特に目立つかな。
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2015/04/01 13:22
無口でおとなしい転校生。
いいなぁ>ω<
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2015/03/30 13:00
ノスタルジックな雰囲気のなかで始まる淡い恋
どんな結末が…
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2015/03/30 01:46
父親が主人公にいうお手伝いというのが気になります
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2015/03/30 00:07
会えるとイイね。^^
大和撫子。ワタシはないんだよね。wwガサツな女性ばかりで。
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2015/03/29 18:44
美味しい展開
しかし物悲しい別れがあるよな
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2015/03/29 14:36
おお~@@
ドラマですねー(゜o゜)
つづきが気になります(^-^)
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2015/03/29 11:44
つづきもの
かいじんさんの描く女性は大和撫子な乙女ですね^^



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