Nicotto Town



お菓子の思い出(完結)

「どうやら、今晩は空振りだったみたいやな」

神林捜査1課長はそう言うと体を椅子の背もたれに体を預けて大きなため息をついた。

この日の捜査が取りあえず打ち切りとなって10分ほどが過ぎ、緊迫した空気が
ほぐれて総合対策室内がざわつきはじめた午後10時30分頃、一人の捜査員が
S県警から入って来た情報を神林に報告に来た。

「なんやて!それはどう言う事やねん!S(県警)は一体どないなっとんや!」

神林は思わず荒げた声を上げて椅子にもたれかかった体を飛び上がらせて身を乗り出した。

周囲の視線が神林に集まった。

・・・

現金1億円を積んだワゴン車がS県内の名神高速○○サービスエリアを出て、S県K市内にある、Kパーキングエリアに向かって走っていた頃、K市とR町を結んでいる県道○○号線を通常警邏中のパトカーS機動11が走行していた。

この県道○○号線には途中、東名高速道路と交差している部分がある。

この日、S県警の各部署に「名神高速道路とインター付近には近寄らない事」と言う
伝達があったが、このS機動11で警邏中の警官2人はこの伝達を「名神高速内と
インター付近への立ち入り禁止」と認識しており名神高速のガード下を通過する事に
問題があるとは考えていなかった。

極秘捜査であったために広域11○号捜査については何も知らされていなかった。

午後9時18分、このS機動11が名神のガード下に差し掛かった時、ガードの少し手前の
県道上に白いライトバンが停まっているのが見えた。

消灯しているので駐車している様に見えるが、周囲には水田が広がっているだけの
何も無い県道上に駐車されているのは不自然であった。

この時、目の前の名神高速ガード直上の防護フェンスに白い布が取り付けられていた
事は彼らには知る由も無かった。

S機動11はヘッドライトを消したままゆっくりとこのライトバンに近付いて行った。

通常、パトカーに乗務している警官が車に乗った人物への職務質問や車両の捜索
照会等を行う場合、パトカーをその車両の前に付けて助手席に乗った警官が下車
して行うのが基本だった。

しかし、この時このS機動11はライトバンの真横に停車して、助手席の警官が
車内から懐中電灯の光をライトバンの運転席に向けた。

運転席にいた、青い野球帽を被り耳にイヤホンをあてた痩せた中年の男の顔が
浮かび上がった。

突然、パトカーから懐中電灯の光を浴びせられた男は一瞬、驚いた表情を見せたが
すぐにハンドルを握るやいなや車を急発進させた。

ライトバンは消灯して停まっていたがエンジンは掛けたままだった。

S機動11はすぐに赤色灯を点灯しサイレンを鳴らして追跡を開始した。

「至急至急、S機動11からS本部 ・・・県道○○号東名ガード付近にて不審車両を
発見、接近した所、いきなり逃走、現在マル追中、○○号線R(町)方向」

「S本部からS機動11、逃走車の車種、塗色、ナンバー等送られたい」

「・・・白の○○、ナンバー(京都○○ 保険のほ ○○ー○○)」

ライトバンは県道から右折して真っ暗な細い農道に入った後、さらに右折を繰り返して
再び県道に出ると今度はK市街の方へ向かって逃走を続けた。

「S本部からS機動11 ・・・照会した所、この車両、11月12日盗難の届出あり」

「ヒットや!こいつ車両盗やな」

運転している方の警官が声を上げた。

(停まりなさい!停まりなさい!停まれ!停まれ!)

追跡中のパトカーが停止を連呼するのは、周辺に危険を知らせる目的もある。

S機動11は追跡を続けたが結局K市街に入った所で逃走者車を見失った。

その頃、東名高速道路を走っていた1億円を載せたワゴン車は間もなくKパーキング
エリアに到着しようとしていた。

逃走車を見失ったS機動11がすぐに周辺捜索した所、午後9時25分にK商店街から
少し入った所にある薬局の前で乗り捨てられたライトバンを発見した。

近隣各署にも連絡が回り緊急配備が敷かれたが、ライトバンを運転していた男の
発見には至らなかった。

午後10時35分に緊急配備が解かた。しかしその直後に(特別な事情により)再度
緊急配備が敷かれると言う事態が起こったが結果は同じだった。

(結果として、我々は犯人と思われる人物に接触、これを追跡までしながら
みすみす取り逃がしてしもうた)

午前0時が近付いた頃、大阪府警本部庁舎内の総合対策室にいた、府警捜査1課長
神林哲夫は腕組みしたまま天を仰いだ。

この日以降、警察庁広域重要指定11○号の犯人グループは現金要求をして来る事は
あっても、具体的に現金受け取りに向けた動きを見せる事は無かった。

・・・

「きょうとにむかってこくどう1ごうせんを2きろ、ばすてい○○○のべんちのこしかけのうら」

小学校4年生の時、テレビで過去の事件、出来事を扱った番組を見ていて、画面に
映った再生中のカセットから突然、2年前の自分の声が流れ始めた時、僕は
それまで経験が無い程、驚いた。その後気が遠くなって行くような感覚がして
それからだんだん怖くなって来てひどく混乱したのを覚えている。

僕はその時まで、あの時、村岡佳子の家で自分が一体何を手伝ったのかをまったく
知らなかったし、あの日、彼女の家に遊びに行った事自体、もう忘れかけていた。

「ホンマはこう言う大人の仕事は子供に手伝わせたらあかんのや。せやから
今日ウチでお手伝いした言う事は誰にも言わんとってくれるか?・・・約束やで」

あの日、村岡佳子の父親はそう言った。

あの時の事は誰にも言った事は無いが、それがどの位秘密にしなければならければ
ならない事なのかなんてそのテレビ番組を見るまでは考えた事も無かった。

あの頃、村岡佳子は知っていたのだろうか。

僕は知っていたと思っている。

村岡佳子の家はあの日から5ヶ月たった小学2年の3月に金沢の方に引っ越して行った。

後から考えてみればあの事件が事実上終息していた頃だ。

転校して行った後の村岡佳子の事については僕には全くわからない。

彼女が転校して行くほんの少し前、僕と彼女が教室で2人きりになった時があった。

よく晴れた日で温かみのある陽射しが降り注いで校庭やその向こうに見える
土筆やフキノトウの伸びて来た畦、山々を輝かせていたのを覚えている。

「山崎クン、あの」

外に較べれば薄暗い教室で村岡佳子が近づいて来て僕に声をかけた。

「ずっと前にウチに遊びに来た事、誰にも言わんとってくれるかな」

と彼女は言った。

僕が学校で彼女がはっきり喋るのを聞いたのはこの時が最初で最後だった。

僕は頷いたが、もうすぐ転校して行く彼女が何でそんな事を言い出したのか
その時はわからなかった。

今はあの時、彼女が本当に言いたかったのは(あの事)だと思っている。

あの事件はその後、未解決のまま時効を迎えた。

あの日、村岡佳子の父親から貰ったお菓子の詰め合わせ。

それが毒入り菓子騒動の為に、店頭から商品が撤去されて販売されなくなった
製菓会社の社員達が直接街頭で販売していたものだとずっと後になって知った。

あれからもうずいぶん長い年月が過ぎて行ったが、今でもスーパーに行けば
あの時、詰め合わせの袋に入っていたのと同じお菓子が、いくつか商品棚に
並べて売られている。

アバター
2015/04/13 22:42
そうきたか!
確かに・・小学生くらいなら・・
自分が何をしたかはハッキリ分からなくても
何をしゃべらされたかは分かる・・よね・・
村岡佳子さんは 以前 父親に声を使われたのかな?
それで しゃべれなかったとか?
アバター
2015/04/06 18:50
そういえば あの事件子供の声で脅迫電話があったんだっけ
警察のやり取りも緊迫感あり お見事な結末でした。
アバター
2015/04/01 13:41
お菓子や食品会社へのあの脅迫事件には、こんな裏側が……
知らぬ間に加担させられていた僕。
そしてすべてを知っていた佳子ちゃん……><
二人に幸あれ;ω;
アバター
2015/04/01 09:16
ああ~すごいですねー@@
お菓子の甘くて楽しい世界が
事件を通すことでほろ苦い思い出に・・
アバター
2015/03/31 23:03
かいじんたまはストーリーテラーの才能がお有りになるのね
面白いストーリーでした。
アバター
2015/03/30 22:58
グリコ森永事件
子供の声の録音があり
利用されたのだなあという憶測があり
同情されていましたね



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