Nicotto Town


コノハナ・サクヤ


子供を産むかを考える


今回は真面目に考えてみようと思います
詳しい数字は記載しませんが、サクヤも何やかんや言うて、あと数年も経てば30歳となるわけでもうそのカウントダウンは始まっているのです

ところで今回のタイトルである「子供を産みかを考える」なのですが、今一実感が湧かないのが現状で、ようは古来より受け継がれてきて本能的な遺伝である種の保存というものがサクヤの中でまだ芽生えていないのだと思います

もちろん、なんとなくに自分の子供は欲しいですし、自分の遺伝子を持った新たな存在ってどういうものなんだろう・・・という興味はあるのです

しかしふと現実に戻って考えるとお産の大変さ、とくにサクヤは苦痛がすごく苦手で(そもそも好きな人はいないだろうが・・)出産時の出血なんて想像しようものなら、想像しただけで貧血になりそうな感じです

世の中には未だ女は子供を産んで当然みたいな古い考えが生き残っているようですし、とある政治家は「女は子供を産む機械だ」という発言をしたクズもいるようですが、残念ながら昔と今は事情も違えば環境も違うし、人間という生物として様々な価値観を持つようになりました

サクヤは子供を産まない人生も正しいであり、もっと言ってしまえば結婚しないで独身を謳歌するのも1つの人生だと考えます
これらは男だろうが女だろうが関係ありません

間もなく30歳になろうとしているサクヤですが、年齢を重ねれば重ねるほど妊娠出産のリスクは、やはり考えてしまいますし夫であるニニギ君に対しての子供という存在、またサクヤとニニギ君の両親に対しての孫という存在を考えないことはないです

ちなみに夫であるニニギ君はそれほど難しくは考えていないようです
ありがたいことに子供は欲しいには違いないが子供を産むという事は自身の体や精神的な負担はほぼ女性側にあるわけだから、サクヤさんのペースに合わせますよと言ってくれています

またサクヤの親は住んでいるところが近いこともあり、たまによく(←どっちやねん!)「孫はどこだっ!?」のようにからかってくるわけですが、いざ真面目な顔をすると、焦らないでゆっくり考えなさいと言ってくれます

ニニギ君の両親に至ってはサクヤさんの人生なのだから、周りに気を遣うことなくニニギとよく話し合いながら人生を歩んでいけばいいと言ってくれるわけです

ふ~む、どうやらサクヤを取り巻く存在は非常に恵まれているようです

子供は親を選べません、親は子を選べませんが産むか産まないか選択が出来ます
産まれてくる子供、いやその存在は自分とは別の存在であり命であり生きる権利を持つ者です
なので自分の都合で産んだ子供に対しては社会に出て1人で生きていけるようになるまで(20歳までとは限らない)は自分の人生や時間を削ってまで育てる義務があると考えます

もちろん夢や自分のやりたいことを優先なぞ言語道断です
それを言うなら子供は作るななのですから

その覚悟があるか!?とふとした時にサクヤは自分に問いかけてみます
どうやらまだ覚悟は無い模様・・・

それでもサクヤは自分に子供が産まれ、和気あいあいとした家庭風景を想像しては「うん、いつかはニニギ君と子供と楽しい家庭が築き上げれればなぁ~」と思うのでした







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